大相撲春場所(3月8日初日・エディオンアリーナ大阪)で関取復帰を狙う、人気小兵力士の幕下・炎鵬(31)=伊勢ケ浜=が、…
大相撲春場所(3月8日初日・エディオンアリーナ大阪)で関取復帰を狙う、人気小兵力士の幕下・炎鵬(31)=伊勢ケ浜=が、26日までにスポーツ報知の単独インタビューに応じた。脊髄(せきずい)損傷による7場所連続休場から24年名古屋場所で復帰。先場所は関取復帰を懸けた七番相撲に敗れ、十両復帰は持ち越しとなった。今場所は東幕下4枚目に番付を上げた31歳が、返り咲きに懸ける思い、先場所の悔しさと裏側を明かした。【取材・構成=大西 健太】
2月中旬、朝稽古を終えた炎鵬の表情は明るく、すでに目前に迫った春場所を見据えていた。先場所は六番相撲で左足首付近を負傷。場所後に姿を見せた際には、左足を引きずるほどに状態は深刻だった。
「骨折と靭帯をもろもろ痛めていました。六番相撲で土俵の下落ちた時に『あー、もう足首を痛めたな』というのは、一瞬で自分でもわかるぐらいでした」
先場所の番付は東幕下11枚目。7戦全勝すれば関取復帰の権利を得られる中、6勝目を挙げて、返り咲き目前での負傷に、気持ちも落ち込んだ。
「ショックが大きかったですね。『またここでこういうことになってしまうのか』という精神的なショックが大きかったです。出場できるかできないかというのは、その時点でやっぱり考えられなかったですね」
それでも七番相撲は患部にテーピングを施して強行出場に踏み切った。
「足首をいくつかの病院で診てもらいましたが、腫れがひどくて、まだ正確な判断ができないという感じでした。もう調べてどうであっても、やるしかないなって思ってしまって、自分の相撲までの間、限られた時間で最善のことをしようと考えました」
七番相撲で惜しくも敗れて、十両復帰は持ち越しに。倒された後は天を仰ぎ、しばらく立ち上がることができなかった。
「『そうか…』と。少し現実を受け入れるのに時間かかりましたね。すぐには立ち上がれなかったです。今でも思い出したくないぐらい悔しいですけれど、その負けにも意味があると思って、今はやっています」
場所後に付けていた左足首の装具は外れ、けがは回復へ向かっている。
「2月はしばらくリハビリに専念して、静養していました。まだまだ痛みもありますし、体もだいぶ落ちているので、まずはけがの方がもう少し良くなることに専念していきたいなと思います」
先場所は自己最高の体重109キロまで増量。新ボディに手応えをつかんでいるが、増量に至るまでには意外なきっかけがあった。
「今までもずっと自分なりに努力して食べてはいましたけれど、それが足りなかったということだと思います。けがをしたことはやっぱり一番大きかったですし、あとは九州場所後に、一度アニサキスになって、体重がものすごく減りました。92、93キロぐらいまで落ちたと思います。『ちょっとやばいな』と思って、そこからですね。より意識するようになったのは。あの時はげっそりしちゃって、人生初の胃カメラもしました(笑)」
また2月中旬には部屋でタイ旅行へも出掛け、リラックスできる一時を過ごした。
「海外は学生時代に大会で、行ったことはありましたけれど、タイは初めてでした。けがをしていたので、安静にしてました。足つぼのマッサージ行ったり、向こうでもできることをやっていました。食べ物はワタリガニのカレー、プーパッポンカリー? そういう名前のカレーがあって、それは初めて食べましたけれど、とてもおいしかったです。あとマッサマンカレー。カレーがすごく好きなんですよね。ホテルの近くにあって、朝に一人で食べに行って、それもおいしかったですね。あとはカオマンガイですかね。結局日本で食べるタイ料理みたいなのが一番おいしかったです(笑)。あとスイカジュースとマンゴーがやっぱりおいしかったですかね」
春場所では脊髄損傷による7場所連続休場から復帰してからは、最も高い東幕下4枚目。今場所の成績次第では、関取復帰の可能性は十分にある。思いを込めた色紙には『炎』と記した。
「大げさになるかもしれないですけれど、これからの一番一番で自分の人生がすごい変わってきて、左右されてくると思うので、人生を懸けて戦いたいなと思っています。チャンスは、つかめるときにつかまないといけないですね。今がチャンスだと思います。しこ名の『炎』に込められた意味というのは、自分の支えでもありますし、今が一番燃える時だと思います。『炎』という字はあまり好きではなかったですけれど、今まさに一番燃えないとですね。燃え切って、燃え切るまで頑張りたいなと思います」
不屈の闘志で何度もはい上がる炎鵬の心は、春場所へ向けて燃えたぎっていた。
◆炎鵬 友哉(えんほう・ゆうや)本名・中村友哉。1994年10月18日、金沢市生まれ。31歳。伊勢ケ浜部屋。5歳で相撲を始め、金沢学院大2、3年と世界相撲選手権軽量級(85キロ未満)を連覇。2017年春場所、当時の宮城野部屋から初土俵。18年春場所、前相撲からは史上最速タイとなる所要6場所で新十両(年6場所制以降)。19年夏、新入幕。ここまでの最高位は東前頭4枚目。167センチ、100・6キロ。得意は左四つ、下手投げ。家族は両親と兄。
【取材後記】先場所は関取復帰目前で敗れ、左足首を負傷。インタビューに応じることは難しいかと思ったが、ダメ元で取材を申し込んだ。そのような状況でも師匠(伊勢ケ浜親方)、炎鵬ともに快く了承してくれた。インタビューではけがの状況など話しづらいことも、嫌な顔を一つせず、つつみ隠さず明かした。本場所中は取組に敗れても、取材を断ることは一切ない。長期休場から復帰後、取材に応じなかったのは先場所の六番相撲後だけ。人としての懐の深さを感じる。
「人生懸けて戦いたい」。その言葉も脊髄損傷による7場所連続休場を経験した炎鵬だからこその重みがある。力士・炎鵬の生きざまを、この先もしっかり伝えていきたいと改めて強く思った。(大西 健太)