日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。    ◇   ◇   ◇沖縄キャ…

日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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沖縄キャンプ取材の合間に、興南高監督・我喜屋優と会った。高校野球事情から、政治、経済構造など話題が多岐にわたって、そこに野球部コーチが加わると話が尽きない。

我喜屋は「監督」を務めているが、同学園の「理事長」でもある。過去には中学・高校の「校長」の肩書をもった。教育者で、経営者として、常にグローバルな視点に立つ。

その我喜屋が、高校野球で検討される「7イニング制」導入に「野球を通して、逆境に耐え抜き、人生においてもそれを生かした成功者たちは反対していると聞いています。勝手に歴史を変えていいのか」と持論を展開した。

日本高野連は「7イニング制等高校野球諸問題検討会議」から「28年からの導入が望ましい」と最終報告を受けた。現状は2月下旬に今夏の甲子園大会については「9イニング制」の堅持を公表している。

沖縄野球をけん引する名将が反対姿勢を示したのは、これが初めてだ。「7イニング制」移行が検討される主な理由は、酷暑対策、障害予防など。我喜屋は「7イニングでも熱中症は出てくる。熱中症対策のほうが問題だと思います」と言う。

「映画監督の市川崑さんが手がけた『青春』という映画にも、暑さ、寒さに耐え抜いたチームが甲子園の入場行進にたどり着くという下りがあります。甲子園に出場するチームは、暑さ、寒さを乗り越えてきます。校内も、車内も、寝るときも、朝から晩までクーラーをつける。汗をかくことから逃げて、まるで暑さに弱い選手作りをしているようです。それにあんなに冷たい水ばかりを飲むことは適切でしょうか。うちは甲子園の試合前練習でもクーラーを切って過ごすし、常温を意識させながら、暑さに慣れることが熱中症対策につながるという考えです」

興南高3年だった1968年(昭43)、夏の甲子園で県勢初の4強入り。大昭和製紙富士入社後、工場がある北海道白老町に転勤し、社会人野球の都市対抗で優勝を経験。北海道のチームが頂点に立ったのは、史上初の快挙だった。

「社会人時代は都市対抗の試合前に鍋焼きうどんを食べて、その後でサウナにいって暑さに慣れようと、抵抗力をつけました。あと2イニングぐらいに耐えられないなんてあり得ないと思っています」

07年に母校・興南高の監督に就任し、3年後の10年にはエース島袋洋奨(現コーチ)を擁して春夏連覇を達成した。我喜屋は09年センバツで富山商(富山)に0対2で4安打完封負けを喫した一戦を引き合いに出した。

「逆に沖縄のチームは寒さになじみがない。沖縄出身のわたしが社会人時代に暮らした北海道では“かじかむ”と言います。本当に寒すぎる日で、ほとんどの選手はバットが振れなかった。島袋は19奪三振の熱投だったが、うちは4安打で雪国のチームに負けるわけです。甲子園ではどうしてこんな寒いのに野球をやるんだろうと思うこともあります。センバツに出た年は、氷水に手を突っ込んで寒さに慣れさせたこともあった。寒さから逃げるのではなく、忍耐強さを身につけるのが甲子園だと思っているからです」

我喜屋は「イチローさんも反対していると伝え聞いています。わたしは7イニング制を採用する本当の理由が分かりません。野球に信念をもっている人は7イニング制に賛成しない」と代替プランを提案した。それが「5月」と「9月」に開催する案だ。

「学校サイドとすれば年度の問題はあるが、開催時期を5月と9月に変えれば解決できるのではないだろうか。それが実現すると春、夏の大会と言えなくなるかもしれないが、できないことを考えるのではなく、できることを考えてほしいですね。野球人生を送っていない人は7イニング制に賛成するかもしれない。でも7イニングになっても、3時間も、4時間も練習する高校は出てくる。そこは調査できるのか。子供のためというより、大人の都合で話が進んでいるような気がします。うちは暑さ、寒さに強いチーム作りをしていくつもりです」

開催時期の変更は、プロ側の日程とも関連してくるから容易ではないが、今後議論の遡上(そじょう)に載るかもしれない。いずれにしても納得できる決着が求められている。(敬称略)