◆報知プレミアムボクシング ▽後楽園ホールのヒーローたち 第30回前編 木村悠 元WBC世界ライトフライ級チャンピオンの…

◆報知プレミアムボクシング ▽後楽園ホールのヒーローたち 第30回前編 木村悠

 元WBC世界ライトフライ級チャンピオンの木村悠(42)は、現役時代に専門商社に勤務しながら世界王者になった数少ないサラリーマンボクサーだ。競技に専念するために仕事を辞める選手が多い中、あえてサラリーマンとボクサーという二刀流を貫き、世界の頂点に立った。「仕事をしていなければ世界チャンピオンにはなっていなかった」という午前9時から午後5時までの背広での生活が、どうボクシングに影響したのか。社会生活からヒントを得た「強さの秘訣(ひけつ)」を明かした。(取材・構成=近藤英一、敬称略)

 現役引退後にたちあげたイベント運営、講演などを扱う会社「ReStart」は、7年目を迎え、軌道に乗り始めた。代表取締役の木村は、胸を張って言った。

 「現役時代にサラリーマンとボクサーを並行してやっていたことで、苦労もありましたが、その数倍良いことがあった。仕事をしていなかったら世界チャンピオンにはなっていなかった」

 法大1年時に全日本選手権での優勝経験を持ち、トップアマとしてプロ入りしたが、デビューから6戦目(2008年6月)で早くも初黒星を味わう。どん底に突き落とされ、ジムからは引退を勧められた。素直に受け入れる気持ちにはなれず、頭を下げて現役続行を嘆願した。

 「あの時は精神的に追い込まれていました。強くなるにはどうしたらいいのか。自分を変えるしかないと思ったが、生活環境を変えない限り、何も変わらない。ジムで練習するだけではなく、社会生活の中に強くなるためのヒントがあるんじゃないか、そう考えたんです」

 初黒星より少し前の時期だった。大学時代の友人と久しぶりに会話をして感じたことがあった。「自分だけ取り残された感じがした。みんな、社会に出て人間的に成長していた」と、卒業から1年もたっていないが、大きな差を感じた。会話の話題、話し方…。大学を出てすぐにプロボクサーになった自分と、社会の波にもまれる友人たちとでは、生活環境が違った。その時思ったことは、「社会常識を身につけなければ…」だった。

 強くなりたいと思うのであれば、練習量を増やし、競技に集中できる環境を整えるというのが普通の考えだが、木村は違った。

 「アルバイトよりはフルタイムで働いた方が金銭的に楽になるというのもありますが、それは小さなこと。人と違うことをやりたかったし、就職して社会に出ることで自分を変えようと考えました。肉体面の強化もそうだが、それ以上に、内面的なものを強くする必要があった。考え方だったり、気持ちだったり。メンタル面を充実させ、人間力のアップこそが、すべてを変えると考えた」

 運がいいことに、アスリートのキャリア支援をする会社関係者に出会い、通信・電力ケーブル関連製品を扱う専門商社を紹介され、正社員として入社。午前9時から午後5時まではスーツを着て営業を行い、1時間後の午後6時からジムでの練習という生活がスタートした。しかし、だ。そんなに甘くはない。担当する仕事が午後5時までに終わる保証はなく、ジムワークに間に合わないことが頻繁に起こった。

 「そこからは逆算です。それまでは目の前にある仕事をただ、ただ消化するだけだったんですが、午後5時に仕事を終わらせるためにはどうしたらいいかを考えていった。仕事を区分けしていって、スケジュールを立てて、その通りに終わるように1日を設計していったんです」

 朝のトレーニングは必須で、夜は午後10時半に就寝したい。朝6時半に起床、7時からトレーニング、朝食をとり、8時に出勤。午後10時半に寝るには何時に帰ってきて、食事を何時に済ませるか。1日にやるべきことを時間で決めて、会社、練習にいく。頭の中のスケジュールに余裕ができ、余白の時間ができれば、ジムでの練習メニューを考えた。限られた時間しかない分、短い時間でも成果が出るように工夫した。「練習は長くやればいいってもんでもない。工夫して効率的にやるのが一番。それも仕事から学んだこと」だという。

 1日の予定はスケジュール通りに消化できるようにはなったが、常に時間に追われている感覚は否めない。それでも「ボクシングをしている間、仕事を辞めようと思ったことはなかった。それだけ自分にとっては(仕事が)プラスになっていた」。仕事を辞めたとしても、ボクシングにかけられる時間は1日4、5時間。辞めたらプラスになるのか…。今は仕事があってもできている。仕事を辞めボクシング一本になって、何がプラスになるのかと、自問自答したが、答えは変わらなかった。

 サラリーマン生活をしながら、練習は一日も休まなかった。ジムワークをする姿で変わった自分を認めてもらおうとしたが、試合は一向に組んでもらえなかった。1学年上の山中慎介(元WBC世界バンタム級王者)、同期の五十嵐俊幸(元WBC世界フライ級王者)らが順調に白星を重ねる姿に焦りを感じた。「みんなどんどん出世していって、自分だけ時間が止まっていた」というつらい時期は続いた。ようやく試合が決まったのは、初黒星から1年9か月後の10年3月。リングに戻ると貪欲に勝利を求め、白星を重ねた。ライトフライ級トーナメントで田口良一(ワタナベ、元WBAスーパー&IBF世界同級統一王者)に6回TKO負けという1敗はあったが、日本王者となり3度防衛すると世界挑戦の舞台にたどり着いた。その姿は「社会生活の中に強くなるヒントがある」と口にした言葉が、うそではなかったことを証明するものだった。(25日に続く)

 ◆木村 悠(きむら・ゆう) 1983年11月23日、千葉市生まれ。中学2年でボクシングを始め、習志野高で国体準優勝。法大1年で全日本選手権ライトフライ級優勝。2006年10月にプロデビュー。14年2月に日本ライトフライ級王座、15年11月にペドロ・ゲバラ(メキシコ)を破りWBC世界ライトフライ級王座を獲得。翌年3月の初防衛戦で敗れ引退。プロ戦績は18勝(3KO)3敗1分け。身長162センチの右ボクサーファイター。