Jリーグでは秋春制への移行を前に、新しい試みとして百年構想リーグが行われている。この短期決戦となる特別リーグでは、PK…
Jリーグでは秋春制への移行を前に、新しい試みとして百年構想リーグが行われている。この短期決戦となる特別リーグでは、PK戦が導入された。Jリーグでもかつては採用されていた懐かしい制度ではあるが、当時を知らない世代にとっては新鮮でもある。だが、ベテランのサッカージャーナリスト大住良之は、この制度は「邪道」であると考える。
■「引き分けは悪」なのか
「引き分けは悪」という考えを持つ人は少なくない。「悪」とは言わないまでも、「面白くない」という人は多い。昨年までのJリーグを見ていても、最後の最後までスタジアムを包んでいた両クラブ・サポーターの歌声が、同点のまま主審のホイッスルが鳴り、引き分けに終わると、スタジアムが不思議な静寂に包まれるのが常だった。
勝てば歓喜の歌になる。負ければ励ましの声援になる。しかし引き分けの歌はないのである。こうした「文化」だから、リーグ戦でもPK戦をやってあくまで勝負をつけようと考える人が出てくるのも仕方がないのだろうか…。
■日本でのPK戦の歴史
1993年にJリーグが始まったときには、川淵三郎チェアマンの考えで引き分けをなくした。90分を終わって同点ならサドンデス(どちらかが得点を取ったらそこで終わり)の延長戦を行い、30分間の延長戦の間に得点が生まれなければPK戦決着という形だった。そして「勝点」の制度はなく、90分勝ちだろうと延長戦勝ちだろうとPK勝ちだろうと、同じ重さを持った「1勝」。その勝利数で優勝を争った。
この制度は3シーズン目の1995年には改定されて「勝利(延長戦まで)3、PK負け1」の勝点制度が生まれた。さらに2シーズンを経て1997年には「90分間での勝利に3、延長戦での勝利に2、PK戦による勝利に1」の勝点となり、1999年にはPK戦が廃止されてサドンデスの延長戦までとなり、初めて「引き分け」が生まれた。この制度下の勝点は、「90分間での勝利に3、延長戦による勝利に2、引き分けに1」だった。
どんな結果でも90分間で終わり、「勝利に3、引き分けに1」という「国際スタンダード」にJリーグが合わせたのは、2005年のことだった。以後21シーズンの間、同じ制度だったのだが、今回の「特別大会」で何か刺激を入れようと、「PK戦」が復活したのである。
■PK戦効果は1シーズンだけ
日本のサッカーにおける「リーグ戦でのPK決着」は、決して新しい話ではない。日本サッカーリーグ(JSL)時代の1977年から3シーズン、「引き分けをなくすことで、得点を増やし、もっと魅力的なリーグにしたい」という理由から、90分間で同点の場合にはPK戦を行うこととした。勝点は「90分間での勝利に4、PK戦勝ちに2、PK戦負けに1」というものだった。
1年目の1977年は、顕著に効果が出た。前年の1976年には全90試合で生まれた得点が238、1試合平均2.64点だったのが、PK戦を採用した1977年には315点、1試合平均3.50点となったのである。ただ、その翌年からは再び以前のレベル(245点、平均2.72点)に戻り、PK戦はわずか3シーズンで廃止された。