◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スピードスケート(20日、ミラノ・スピードスケート競技場) 女子1500メートルのテレビ解説…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スピードスケート(20日、ミラノ・スピードスケート競技場)
女子1500メートルのテレビ解説を務めた18年平昌五輪女子団体追い抜き&マススタート金メダルの高木菜那さん(33)がレース後、妹・美帆(31)をねぎらった。レース後のインタビューの際には、悔し涙を流す妹を「よく頑張ったよ~」と優しく抱き寄せ、今大会日本人最多となる3個の銅メダルを獲得した健闘をたたえた。
菜那さんは18年平昌五輪、22年北京五輪で妹と共闘。女子団体追い抜きでは姉妹そろって代表入り。平昌大会金メダル、北京大会銀メダル獲得など苦楽をともに味わってきた。22年の現役引退後は姉の立場で妹の奮闘を見守ってきた。「ここまでの道のりをよく頑張ったなと思うし、もう強くあり続けなくてもいいよ」という家族ならではの思いからこの日、悔し涙にくれた妹を強く抱きしめた。
妹は今大会でスキージャンプの二階堂蓮(24)=日本ビール=と並び、日本最多3個のメダルを獲得した。今大会では、日本だけでなくスケート大国オランダのファンからも声援を受けた。菜那さんは妹を「周りもトリコにする選手」と表現する。「感情を表に出す子じゃないのに、人を魅了するのがあの子の色。美帆の色を貫いてくれたオリンピックだった」と今大会を総括した。
4度目の祭典への挑戦を見守ってきており「試行錯誤しながら戦ってきた。美帆でも見つけられないピースがあるんだなと、この4年間すごく感じた」。日本女子選手歴代最多の五輪通算10個のメダルを獲得したが、大きな壁に直面した様子を間近で見てきた。
22年北京五輪以降、1500メートルでの金メダルだけを目指し続けてきた。北京五輪後に中心となって資金や選手、指導者を集めて「チーム・ゴールド」を発足。今季序盤は不調。そこから立て直し、今大会で3つの銅メダルを獲得した。妹を抱き締めた菜那さんは「自分の足でいろんなものを切り開き、この4年で美帆は本当に成長した。よく戦い抜いた」と目を潤ませた。
この日の高木は何度も悔し涙を流したが、菜那さんは胸を張れるものだったという。もし、前半を抑えて滑っていたら銅メダルは見えたかもしれない。それでも金だけを追い続け、攻め抜くレースをした妹。「3番よりも、攻めて全てを出した1500メートルは誇らしい。美帆の人生でこの五輪が誇れるものになればいいな」。日本の大黒柱として4種目をこなした偉大な妹へ、笑顔で温かいメッセージを送った。(富張 萌黄)
◆高木 菜那(たかぎ・なな)1992年7月2日、北海道・幕別町生まれ。33歳。帯広南商出。7歳から兄の影響で競技を始め、五輪は14年ソチから3大会連続出場。18年平昌で5000メートル12位、妹・美帆らとの団体追い抜きとマススタートで金メダル。22年北京は団体追い抜き銀メダル、1500メートル8位。同年4月に現役を引退した。155センチ。