【結果より納得できる演技を】 2月19日(現地時間)、ミラノ。ミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート女子フリーの試合…

【結果より納得できる演技を】

 2月19日(現地時間)、ミラノ。ミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート女子フリーの試合会場で最終グループの公式練習が行なわれていた。最後に曲かけ練習をしたのが、ショートプログラム(SP)首位の中井亜美(17歳/TOKIOインカラミ)だった。


初の五輪で銅メダルを獲得し、涙を流した中井亜美

 photo by Sunao Noto / JMPA

 中井は練習の冒頭、代名詞となるトリプルアクセルを跳ぶがパンクしてしまう。パンクは、空中でジャンプが解けて回転が抜けることを意味する。他のジャンプの精度も総じて低かった。疲労で体が重いのか、回転が足りずにステップアウトし、不安定な着地を続けた。

 しかし、数時間後のリンクで、中井は銅メダルを首にかけ、表彰台で満面の笑みを浮かべていた。なぜ、彼女はメダルを勝ち獲れたのか?

「彼女(中井)がこの舞台に来られた原動力は、憧れていた浅田真央さんです。だから、浅田さんの『結果よりも納得する演技を』という言葉で送り出しました。その言葉は最初から決めていましたね。彼女がここにいる大きな理由は浅田さんなので」

 これは、中庭健介コーチの証言である。

 新潟に生まれた中井は5歳で、国民的ヒロインだった浅田真央に憧れた。そして中学で千葉へ越境留学。フィギュアスケートに人生を捧げてきた。夢を信じきる力が、彼女に浮力を与えたのだーー。

【緊張ゼロで度胸満点の演技】

 フリーで中井は胆力の強さを見せている。

「今までの試合よりも緊張がなくて、緊張ゼロ。いつもどおりの自分というか、いつもの感覚で挑めたのがよかったなって思います」

 彼女はそう言ってのけている。

 実際、『What a Wonderful World』を滑り始めた彼女は、はつらつとして見えた。最終滑走で緊張するはずだが、強張った感じなど微塵もない。まさに度胸満点というか、自分の演技にフォーカスできていることで、余計なものが取り払われているのだ。

 冒頭のトリプルアクセルは、会場が固唾を飲むなかでのジャンプだったが、平然と決めている。これだけで9.71点をマークし、ダブルアクセルは完璧でも5点未満なだけに、強力なポイントになった。SPも含めてトリプルアクセルが、彼女をメダルに引き寄せたのだろう。浅田が得意としたトリプルアクセルをSP、フリーの両方で成功させることで夢を実現したのだ。

 次の3回転ループ+2回転トーループもみごとに決め、練習とは別の姿を見せた。

「メダルのことは置いて、まずはトリプルアクセルをしっかり決めて、あとは楽しむと思っていました。最後まで自分を信じることが大切だなと。今まではトリプルアクセルを(SP、フリーの)両方とも決めたことはなかったので、この大舞台で決められてよかったです。オリンピックで決めるというのが夢だったので」

 中井はそう振り返ったが、一番緊張するはずの五輪で自分の最大値を出した。これが、どれだけの異能か。まさに勝負師の資質だ。

 その後、3回転ルッツ+2回転トーループは乱れたが、3回転サルコウは成功させ、得点源の3回転ルッツ+ダブルアクセル+ダブルアクセルは15.01点を叩き出した。3回転フリップ、3回転ループは回転不足がついたが、ステップシークエンスでは伸びやかで大きな動きで音を拾った。レイバックスピンもレベル4で優雅に決め、どうにか最後まで滑りきっている。

 演技直後、中井はとぼけた表情で指を口元に当て、考え込むように首を傾げた。冷静な洞察は、彼女のおかしみであり、かわいらしさだろう。競技者としては度胸のよさのほうが色濃く見えた。

「ルッツ+トーループの失敗とか悔しさもほんのちょっとあって。(キス&クライでは)どうなるかなって思っていました。(140.45点の)点数が出た時、自分の順位を探したんですが、一瞬わからなくて。名前の横に3って書いてある! って」

 中井はそう言って笑っている。合計219.16点で千葉百音を僅差で上回り、3位に入った。夢を感じて突っ走ってきた自分の人生を、信じきれたのだ。

【五輪はキラキラしている舞台だった】

「彼女(中井)と出会えたのが幸せだと思っています」

 中庭コーチはそう言って、中井の気骨について語っている。

「初めてのオリンピックで、(首位だった)ショートが終わったあともたいしたものだなって思っていました。フリーも極限の最終滑走。それを自然体で滑って、(演技後にリンクから)上がってきた時も、顔面蒼白とかじゃなく、"ちょっとやらかしちゃった"って姿を見せられて。オリンピックを言葉だけじゃなく体全体で楽しんだ証が、この銅メダルだったんじゃないかと思いました」

 中井も中庭コーチに呼応するように言った。

「(中庭)先生が泣いているのを見たことがなかった。こうしてメダルを獲れて、喜んで泣いている姿を見られてうれしかったです。『この舞台に連れて来てくれてありがとう』と言ってもらえました」

 なぜか、中井のほうが冷静だ。

 17歳のメダリストには底知れなさがある。そもそも、彼女は時代を味方にしている。同い年のライバル、島田麻央にはジュニア時代から後塵を拝していたのだが、天才少女との真剣勝負で鍛えられた。そして島田が誕生日の違いによる年齢制限で五輪に出場できない一方、彼女は大舞台でまぶしい輝きを放ったのだ。

「オリンピックに来られるとは思っていないというところから始まって。今はメダルをかけられているのがうれしいです。思った以上に楽しくて、キラキラしている舞台だと思いました」

 深夜の取材エリア、中井はこともなげに言った。可憐さの皮をかぶった豪傑なのか。ミラノに、新たな冬のヒロインが爆誕した。