3月に開幕する第6回WBCで世界一連覇を目指す侍ジャパン。代表に名を連ねた選手たちの原点、素顔に迫る「侍外伝」の第2回…
3月に開幕する第6回WBCで世界一連覇を目指す侍ジャパン。代表に名を連ねた選手たちの原点、素顔に迫る「侍外伝」の第2回はヤクルト・中村悠平捕手(35)だ。前回大会の世界一捕手となり、2大会連続で選出されたベテラン捕手の知られざる無邪気な一面とは?福井商時代のチームメートで親友、荒川涼太さんが明かした。
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正直、モテたかったんですよ-。
高校3年間、同じクラスで野球部。テストの時に、荒川の「あ」と中村の「な」で折り返して座る席が隣同士になった二人。仲良くなるのは必然だった。中村が「親友」と呼ぶ荒川さんに高校3年間を問えば、無邪気な答えが返ってきた。
強肩強打を武器に1年秋から扇の要を任された中村は、2年連続で夏の甲子園に出場。3年時の2008年は荒川さんもレギュラーとして同じ景色を見た。捕手と中堅手。距離は最も遠いが、絆は深かった。試合前に2人だけでキャッチボールすることが、変わらないルーティンだった。
「試合前にベンチの前で思いっきりキャッチボールをするんですよ。それで互いにスイッチを入れるというか。やってやるぞ、となる。室内とかでやってもテレビに映らないから、ベンチ前で」
県大会の頃から変わらない。「どうやったらテレビに映るんだろう。どうやったらかっこいいかな」と18歳が無邪気に考えたキャッチボールは、自然といつまでも続く2人だけのルーティンになっていった。テレビカメラがなくても当たり前のようにボールを投げ合う。「悠平は1年からすごかった。3年で同じ土俵に立ててうれしさもありました」。甲子園ではベンチ前ではなくアルプススタンドの下にある室内練習場でキャッチボールだったが、荒川さんの中で今も色あせていない。
当時の性格は「陽」の荒川さんに対して、中村は「陰」だったという。ケンカや言い合いはしたことがなかったというが、3年夏の福井大会初戦・丹南戦で、ある出来事が起きた。粘る相手に何とか競り勝ったが、4番・中村は3打数無安打だった。周囲が見ても明らかな準備不足。「死ぬ気でここまでやってきたのに、ふざけんなよ!!」。荒川さんが思わずベンチから怒声を飛ばした。
怒ったのは、これが最初で最後となった。その後、中村は輝きを取り戻したかのように県大会の全試合で快音を重ね、甲子園切符を手にした。聖地では初戦で酒田南(山形)に勝利も、2回戦で仙台育英(宮城)に惜敗して涙をのんだ。
それからしばらく後、テレビ番組の特集で、中村が「配球ノート」をつけていたことを初めて知った。「その時に感じたことを書き留めてあるノートが全部何冊も残っている、と。僕らの前では一切そういうしぐさも全く見せなかったんで」。中村の積み重ねてきた努力に触れ、そのすごさを改めて感じた。
プロ志望届を出した中村とは進む道こそ違ったが、学生生活を最後まで全力で駆け抜けた。体育祭では黄色組の「色長(組のトップ)を悠平が、僕が(応援)団長を。一緒にやろうって誘いました」と思い出を共有。卒業式では中村からのサプライズが待っていた。
「僕って正直、プロに行けるような人間じゃなかった。性格的な面で人間として変われたのは涼太のおかげだと思っている。本当に感謝している、ありがとう」。クラスメートの前で直接伝えられた言葉に驚いた。あれから18年、今も試合後にたまに連絡がある。「今日のバッティングどうだった?」。変わらない絆が、今も中村を支えている。
◆中村悠平(なかむら・ゆうへい)1990年6月17日生まれ、福井県出身。176センチ、79キロ。右投げ右打ち。捕手。福井商から2008年度ドラフト3位でヤクルトに入団。15、21、22年にベストナインとゴールデングラブ賞。23年の第5回WBCで日本代表の優勝に貢献。