<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇女子フリー◇19日◇ミラノ・アイススケートアリーナショー…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇女子フリー◇19日◇ミラノ・アイススケートアリーナ

ショートプログラム(SP)首位発進の17歳、初出場の中井亜美(TOKIOインカラミ)が、合計219・16点で銅メダルを獲得した。

伊藤みどり、荒川静香、浅田真央、坂本花織に続く女子5人目の快挙。22年北京大会の鍵山優真の18歳を塗り替える、日本勢最年少メダリストとなった。SPに続いてトリプルアクセル(3回転半)を成功。日本女子3人目となるSP、フリー両方での成功者となった。

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得点を待つキス・アンド・クライ。2秒の沈黙の後、中井は目を見開き、口元を手で覆った。掲示板の名前の横に銅メダルを示す数字。「ダメだと思っていた。3があって、現実なのか疑った」。震える指で3をつくり、思わす暫定首位の席に座るリュウへ確認。一直線に「やったー!」と駆け寄り、金メダリストと10秒間強く抱き合った。

SP首位で迎えたフィギュア競技の大トリを飾る最終滑走。「たくさん励まして送り出してくれたおかげで緊張はなくなった」。冒頭、憧れの浅田真央さんと同じ代名詞3回転半を成功。連続ジャンプやスピンで細かな乱れはあったが、最後までミラノを自分色に染めた。「夢だったメダル、うれしい」。フィニッシュでは指をほおに当てて、小首をかしげる。くるくると変わる愛らしい表情は観衆の心をわしづかみにした。

普通のJK(女子高生)に、なりたかった。オフは同年代ユーチューバーの動画を見てメークを研究。NiziUのライブで偶然に手にしたMAYUKAのサインボールを宝物にする、ど真ん中の17歳だ。ただ通信制の勇志国際高で学ぶ今、登校は年に数日。地元新潟に帰ると「みんなJKですごく楽しそう。自分も残っていたら…」と、別の人生に思いを巡らせることもあった。

だが、胸にあったのはそれ以上の決意だった。中学校進学を機に千葉県のMFアカデミーへ。「このままではダメ。もっと上を目指したい」。選んだのは紛れもなく自身だった。自営業の父と親友のような姉を残し、母と2人で故郷を離れる夜。遠ざかる家族の姿に「バイバイ」と手を振り、涙をためて誓った。「1番になる」。小学校のクラスメートに託された「目指せNo.1」の旗を握りしめ、一本道を歩む覚悟を決めた。

新天地での生活。初めは孤独だった。「すごく寂しかった。これが正解だったのかな」。自問自答を繰り返す日々。練習で失敗しては「弱い姿は見せたくない」と隠れて泣いた。それでも、答えは1つだった。何よりも「うまくなりたい」。その一心で、突っ走った。23年の腰のけがを契機に、苦手だった野菜も克服。25年世界ジュニアでメダルを逃して以来、どんな日でも20分のランニングを欠かさなかった。学校の課題は、多忙を極める大会前でも期限を厳守。「あまり大変だと思うことはない」。スケートのためなら、努力は重荷ではなかった。

地元の友や家族は言う。「亜美、変わったね」。昔と変わらない温かな声で。心には、変わらないスケート愛がある。「千葉に来て正解だった」。フィギュア日本女子五輪初のJKメダリストに。表彰台からの景色は過去イチ輝いて見えた。「次の五輪もまた帰ってきて、もっと良い景色が見られるように」。4年後、その先へ、17歳の旅路は続く。【木下淳、勝部晃多】

◆中井亜美(なかい・あみ)2008年(平20)4月27日、新潟市生まれ。5歳で競技を開始。21年にMFアカデミーに移籍。22年全日本選手権4位。23年世界ジュニア選手権銅メダル。24年に通信制の勇志国際高に進学。同年ジュニアGPファイナル3位。シニア1季目の25-26年シーズンはGPフランス大会で日本女子3人目の初出場初優勝。GPファイナルは日本勢最高の2位。身長150センチ。

◆冬季五輪女子年少メダリスト 日本女子の最年少は22年北京大会のスノーボードビッグエアで銅メダルを獲得した村瀬心椛の17歳3カ月。中井の17歳9カ月は、10年バンクーバー大会フィギュア銀メダルの浅田真央の19歳5カ月を抜いて2位の記録となった。