松永浩美が語る加藤秀司とのエピソード 前編 1968年にドラフト2位で阪急ブレーブス(現オリックス)に入団。同期入団の福…

松永浩美が語る加藤秀司とのエピソード 前編

 1968年にドラフト2位で阪急ブレーブス(現オリックス)に入団。同期入団の福本豊氏、山田久志氏とともに"花の(昭和)44年組"として活躍し、首位打者を2度、打点王を3度獲得するなど、阪急の黄金期を支えた加藤秀司氏(1979年から登録名は「英司」)。

 3割近くの通算打率(.297)が示す巧打者である一方、通算347本塁打をマークするなど長打力も兼ね備えていた加藤氏は、いったいどんな人物なのか。長らく阪急の主力として活躍し、加藤氏ともプレーして「バッティングを参考にした」という松永浩美氏にエピソードを聞いた。


(左から)福本豊、山口高志、山田久志、加藤秀司

 photo by Sankei Visual

【球史に残るドラフトの2位で阪急に入団】

――加藤さんと最初に会った時の印象をお聞かせください。

松永浩美(以下:松永) 自分が阪急に入団したばかりの頃は、すごく怖い印象がありました。福本豊さんや山田久志さんとはタイプがまったく違い、言葉で教えてもらったことはあまりなかったですね。加藤さんの行動や態度を見て、いい部分を"盗んだ"という感覚でした。 

――加藤さん、山田さん、福本さんは同期入団です(1位・山田、2位・加藤、7位・福本)。3名ともに名球会入りし、パ・リーグのМVPも獲得しています。1968年の阪急の指名は「球史に残る神ドラフト」とも言われていますね。

松永 福本さんがひとつ年上で、加藤さんと山田さんが同級生。福本さんと加藤さんは松下電器でも一緒でしたが、阪急のスカウトが注目していたのは強打者の加藤さんで、福本さんはノーマークだったようです。福本さんは「俺は付録みたいなもんや」「足が速いから、ついでに福本も......みたいな感じやろ」とよく言っていますよ(笑)。

――その年のドラフトが、そのあとのチームを形づくったと言っても過言ではないと思います。ただ、テレビで放映されるのは巨人戦だけという時代ですから、世間が3人の活躍を目にする機会は少なかったんじゃないでしょうか。

松永 特にその時代は、みんなブランドに弱かったですしね。野球選手に限らず、「テレビに出ている人=スター」という時代でしたから。今、阪急の歴史に関する本などが出ると、すごく売れるという話を聞いたことがあります。過去に阪急が強かったことは聞いたことがあっても、実際にどんな選手がいて、どんな野球をしていたのかを知りたいんでしょうね。

【ファーストとして的が小さかった加藤】

――松永さんが阪急に入団して間もない頃、福本さんから「よう練習するらしいな」と言われたのが最初の会話だったとお聞きしました。加藤さんとの初対面時のことは覚えていますか?

松永 加藤さんはあまり喋るタイプではありませんでした。年が近い選手とは話していましたが、年齢差がある選手に対して自分から話しかけることはなかったような気がします。こちらから気軽に話しかけられるような雰囲気でもなかったですしね。ただ、現役を引退したあとは年に3、4回、野球教室などのイベントでお会いすることもあって、気軽に話せるようになりました。

――加藤さんと一軍で一緒にプレーした期間は3年くらいですよね?

松永 そうですね。私が一軍に上がったのは20歳で、加藤さんがファーストを守っていたんです。私がサードを守っている時のファーストといえば、ブーマー・ウェルズの印象が強いと思いますが、ちょうどその頃は加藤さんが内野に転向していてファーストに入る時がありました。

 ブーマーは体が大きいので、的が大きくて投げやすい。一方で加藤さんは、ボールを捕る時に腰を曲げてしゃがむような体勢になるので、的がすごく小さくなるんです。それでいて、自分がグラブを構えた位置から少しでも送球が横にそれると捕らなかった。もちろん、試合中は捕りますよ。だけどキャンプや普段の練習中は捕ってくれないので、ほとんどの送球が加藤さんの横を抜けていっちゃうんです。

――構えた位置に投げてこい、ということですね?

松永 そういうことですよね。加藤さんがファーストを守っている時はピンポイント(笑)。選手によってはイップスになってしまうリスクもあったかもしれませんが、私はその位置に投げるにはどうしたらいいのか、とずっと考えていたんです。私は打球を捕ることには少し不安がありましたが、送球には自信を持っていました。加藤さんが構えた位置に投げ込むことで、投げ方を覚えたんです。

 腕だけで投げてもその位置にボールがいきませんし、足をしっかり使って投げるとうまくいく。やはり全身を使って投げないといけないことに気づきました。

【キャッチボールでも意識に変化】

――キャッチボールでも意識が変わりましたか?

松永 一般的に、キャッチボールでは「相手の胸をめがけて投げろ」と言われますよね。でも私の場合は、相手のベルトより上に投げる時間帯と、下に投げる時間帯を意識して分けていました。

 クロスプレーになりそうな時は、ファーストが体を横に伸ばして捕球しやすいように、わざと腰よりも低い位置にボールを投げたほうがいいですし、余裕がある時は確実にアウトにするためにベルトから上に投げたほうがいい。試合を意識したキャッチボールをするようになりましたが、それも加藤さんのおかげで学んだようなものです。

――全身を使って投げることが大事とのことですが、特に意識していたことはありますか?

松永 特に腹筋を意識して使うことが大事ですね。なぜかといえば、投げる瞬間に腹筋が伸びてしまうと、ボールが"おじぎ"してしまうことに気づいたんです。投げきるまでは腹筋を使わないといけないと思い、常に腹筋を意識してキャッチボールをしていました。

 それを続けて半年くらい経った頃、キャッチボール中に腹筋が疲れるようになったんです。普通は肩や肘などが疲れるじゃないですか。自分の場合、投げるたびに肩や肘は軽くなっていき、腹筋をはじめ背筋などもすごく苦しくなった。でも、「これは、全身を使えているんだ」と思えました。現役時代を通じて送球に自信が持てたのは、加藤さんのおかげと言ってもいいですね。

(中編:落合博満、松永浩美も参考にした加藤秀司のバッティング 「いいバッター」の共通点とは?>>)

【プロフィール】

松永浩美(まつなが・ひろみ)

1960年9月27日生まれ、福岡県出身。高校2年時に中退し、1978年に練習生として阪急に入団。1981年に1軍初出場を果たすと、俊足のスイッチヒッターとして活躍した。その後、FA制度の導入を提案し、阪神時代の1993年に自ら日本球界初のFA移籍第1号となってダイエーに移籍。1997年に退団するまで、現役生活で盗塁王1回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回などさまざまなタイトルを手にした。メジャーリーグへの挑戦を経て1998年に現役引退。引退後は、小中学生を中心とした野球塾を設立し、BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでもコーチを務めた。2019年にはYouTubeチャンネルも開設するなど活躍の場を広げている。

◆松永浩美さんのYouTubeチャンネル「松永浩美チャンネル」