種市篤暉(ロッテ)は、2023年の前回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパンの予備登録でサポートメ…
種市篤暉(ロッテ)は、2023年の前回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパンの予備登録でサポートメンバーに選ばれ、日の丸のユニフォームに袖を通した。
本大会直前に京セラドームで行なわれたオリックスとの強化試合に先発すると、4回を48球でまとめ、無安打無失点の快投を演じた。
この時、種市は「背番号41」のユニフォームで投げていた。そのことについて連絡を取ると、「千賀さんのを付けさせていただきました」と文末にピースサインの絵文字付きで返信がきた。
好調な仕上がりを見せている種市篤暉
photo by Sankei Visual
【千賀滉大に弟子入りを直訴】
種市と千賀滉大(メッツ)の師弟関係は、もう随分と長い。
青森で生まれ育ち、八戸工大一高から2016年にドラフト6位でロッテに入団。決して前評判が高かったわけではない。それでもプロ2年目の8月に先発で一軍デビューを果たすと、同年は7試合に先発した。
成績は0勝4敗、防御率6.10。数字だけを見ればプロの高い壁を痛感させられるものだったが、それでもドラフト下位で入団した高卒投手が2年目にして、短期間とはいえ先発ローテーションをまかされた意義は大きい。及第点と見る向きも少なくなかった。
しかし、種市本人は危機感しかなかったという。
そこで種市は、同じタイプの投手として憧れを抱いていた千賀に教えを乞おうと考えた。チームの先輩投手である石川歩が千賀と交流があると知るや、頼み込んで連絡先を教えてもらい、"弟子入り"を直訴。それがすべての始まりだった。
2019年1月、福岡・久留米でともに練習を行なった。千賀が師事するアスリートコンサルタントの鴻江寿治氏が主宰する合宿に参加。初日にキャッチボールをすると、「たった2、3球投げただけで、僕の欠点を見抜かれました」と種市は目を丸くした。千賀から、左肩の開きが早いことを指摘されたのだった。
その年の4月29日、楽天戦に先発してプロ初勝利をマーク。以降は先発ローテーションに定着し、26試合(17先発)に登板。116回2/3を投げて、8勝2敗、防御率3.24、135奪三振と、ブレイクを果たす。
奪三振率10.41は、"師匠"の千賀が同年にマークした11.33には及ばなかったものの、このシーズンに100イニング以上投げたパ・リーグ投手のなかで奪三振率が「10」を超えたのは、このふたりだけだった。ちなみに、フォークで奪った空振りに限れば、種市は千賀や山本由伸(当時オリックス/現ドジャース)を上回る数値を叩き出していた。
「もともとフォークは全然落ちなくて、武器になる球種ではありませんでした」
種市の話を聞いて思い出したのが、千賀の言葉だ。
「極端に言えば、左肩をキャッチャー方向に向けたまま、体を開かせずに腕を振れば、フォークは勝手に落ちるんです」
要するに体の開きを抑えることが重要ということ。つまり種市は、千賀から指摘された欠点を克服して飛躍につなげたのだった。
【上野由岐子からのアドバイス】
なかでも思い出深いのが、この翌年の2020年1月の鴻江合宿自主トレだ。
投球練習をする種市の表情は冴えない。一見すると強いボールを投げているように見えるが、何か物足りない。捕手からも「ナイスボール」の声は上がらない。無駄な力が入り、フォームが崩れていた。力めば速いボールは投げられるが、そこに真の"強さ"はない。
なぜバランスよく投げられずに、目一杯の力を込めてしまうのかと種市に尋ねても、「自分でもわかりません」と視線を落とすだけだった。
その時、千賀が声をかけた。
「走って忘れようや」
外野に誘い出し、両翼のポール間をふたりで走り始めた。
その夜、映像で自身の投球動作を見返した。以前はできていたことが、できなくなっている。これほど悔しいことはない。じっとモニターを見つめる種市の表情は、今にも泣き出しそうだった。
「悩め、悩め、たくさん悩め」
千賀が種市の背中をポンと叩いた。
投球映像を見返すうちに、鴻江氏と千賀の意見は一致した。
「右手はその場に置く感じでいいんじゃないか?」
捕手側から撮影したカメラで確認すると、種市の右手がテイクバックの際に力んでしまうことで背中のラインよりうしろに出てしまっていたのだ。
それを聞いた種市は、室内に設置されたマウンドでシャドーピッチングを何度も繰り返した。そして、一緒に鴻江合宿に参加していたソフトボール金メダリストの上野由岐子からも金言を授かった。
「去年結果を残したと思うけど、自分のやりたいことが一番じゃないよ。いま教わっていることを、自分のやりたいことに加えようとするから難しくなる。素直に、教えてもらったことを最優先するのが大切じゃないかな」
それから3日後の投球練習、右手の位置も左肩の開きも明らかに改善されていた。千賀には「(フォームへの意識が)まだ全然足りない」とダメ出しされていたが、泣きそうな表情になることはもうなかった。
【自身初の月間MVP受賞】
その後の種市は、トミー・ジョン手術を受けて2021年は全休するなど苦しいリハビリの時期もあったが、2023年シーズンに自身初の2ケタ勝利を飾って以降はロッテの先発ローテーションの軸へと成長を遂げた。
昨季は24試合登板で9勝8敗、防御率2.63。自己最多の160回2/3を投げて161奪三振をマークした。球界屈指のエースと呼ぶにはまだ物足りない数字に映るが、昨季終盤の投球は圧巻そのものだった。
7月末までの成績が、15試合(93回1/3)に登板して3勝7敗、防御率3.57、72奪三振。それが8月以降は、9試合(67回1/3)で6勝1敗、防御率1.60、89奪三振。さらに9・10月度には、自身初の月間MVPも獲得した。
種市には確かな根拠があった。
「序盤はアームアングルを少し下げて投げていました。ただ、フォークの落ちが悪く、三振を奪えていなかったんです。自分のなかで『何かを変えなければ』と思い、8月5日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)から、上半身の反りを強めて投げるようにしたんです。ただ、体と腕の距離は同じ。背中側に倒した分、腕の位置が自然と高くなったんです。するとこの試合で、8回途中までに12個の三振を奪って勝てたんです」
本来のフォークとスプリットを取り戻したのはもちろん、直球が格段によくなった。シーズン終盤はストレートで三振を奪うシーンも増えた。種市の直球には、かねてより千賀が「貫通力がすごい」と絶賛する魅力がある。年月を重ねるなかで直球のボリューム感もいっそう増している。
【昨年11月からWBCに照準】
2026年1月。種市は今年もまた千賀と自主トレを共にした。
「一緒に練習する目的は投球フォーム。千賀さんとは一生、その話しかしないですね」
今年もまた充実の時を経て迎えた春季キャンプ。温暖な石垣島のB組で独自調整を許された右腕は今月11日、台湾・楽天モンキーズ戦に先発して1回を無安打、無失点、2奪三振と好投した。この時期にしてストレートの球速は球場表示ですべて154キロオーバー。最速は156キロを掲示した。千賀との自主トレで昨季につかんだフォームをさらに洗練させ、理想形にまた一歩近づいているという。調整はきわめて順調だ。
「自分は(侍ジャパンに)選ばれるんだと思い込んで、11月くらいからWBCに合わせてオフもずっと準備をしていましたから」
また、今回の侍ジャパンでは背番号26を背負っている。ロッテでは「ファン」を表す永久欠番として大切にされている番号だ。
「ロッテの代表だと思って、その番号を背負って頑張りたいなと思って自分で選びました」
2026年、種市は侍ジャパンの正メンバーとしてWBC本大会でどんな快投を演じてくれるだろうか。