<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇女子ショートプログラム(SP)◇17日(日本時間18日)…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇女子ショートプログラム(SP)◇17日(日本時間18日)◇ミラノ・アイススケートアリーナ
17歳、初出場の中井亜美(TOKIOインカラミ)が首位発進した。憧れの浅田真央を上回る五輪史上最年少で大技トリプルアクセル(3回転半)を決め、自己ベストを0・71点更新する今季世界2位の78・71点。3回転半の五輪成功者は日本では伊藤みどり、浅田真央、樋口新葉に続く4人目となった。2位坂本花織(シスメックス)とは1・48点差。06年に同じイタリアのトリノ大会で金メダルを獲得した荒川静香以来20年ぶり女子2人目、そして日本勢最年少の頂点へ。19日(同20日)に勝負のフリーへ挑む。
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夢舞台の真ん中で、17歳が満面の笑みを咲かせた。冒頭の3回転半。空中でしなやかに回りきると、着氷の右足は一切の無駄なく、流れるように氷を捉えた。聖地を沸騰させ「今までの人生の中で一番最高の瞬間でした」。今季の国際大会では10本中クリーンはわずか2本。成功率2割の“生命線”は、初五輪で技術点9・71点をたたき出した。
失う物は何もない。強心臓の高校2年生が快活に言う「緊張はない。昨日も余裕で寝られたし」に虚勢はなかった。3本のスピンとステップシークエンスは全て最高判定レベル4。ライバルたちが軽微な回転不足やレベルの取りこぼしを厳しく指摘された中、パーフェクト演技は全29人でロシア出身の18歳ペトロシャンとただ2人だけだった。「いつも通りの自分らしくやるだけ。自信はすごくありました」。今季世界最高に0・17点差まで迫る高得点。理想を超えた五輪デビューだった。
夢が、現実になった。17歳での五輪3回転半成功は、10年バンクーバー大会の浅田の19歳を塗り替える史上最年少記録。日本人4人目としても歴史に名を刻んだ。敬愛する人に肩を並べ、「今、夢がかなったぐらいのうれしさがある」。胸に手を当て、かみしめた。
それは追い続けてきた背中だった。4歳の時、両親がつけたテレビに偶然ヒロインは映っていた。バンクーバーで銀メダルを獲得した演技の紹介動画。目がくぎ付けになった。「真央ちゃんの演技を見て自分も滑ってみたいって。とても印象深かった」。小さな憧れが、進む道筋を照らした。
挑戦のそばに、いつもいてくれた。小学生時代を過ごした新潟では、特別開催のスケート教室で直接指導を受けた。スケーティングやツイズルなど基礎を1時間みっちりと。「上に伸びるように」。その助言が、今も土台を支えている。小5の時には3回転半に挑戦。「同じジャンプを跳びたい」という動機で。何度もリンクにたたきつけられ、アザだらけになった。それでも「どんなにつらいことがあっても憧れの人が頑張ってきた姿を見ていたので続けられた」と歯を食いしばった。小学校卒業間近の3月に初成功。今季のグランプリ(GP)ファイナルではその技を御前で決めた。五輪代表決定後には、直接「おめでとう」と声をかけられた。「少しでも近づきたいなって」。出合いから13年。今も、その姿が指針だ。
大会にはいつも、名言が載った本を持参する。好きな演技を問われると、枚挙にいとまがないほど。今度は自分が、その立場になる番だ。「各所にある五輪マークを見て、本当に来たんだ」と実感を込めた夢舞台。「テレビで見ている人たちが、自分のように憧れてくれたらいいなって」。日本フィギュア史上最年少金メダリストへ。憧れは、やめない。憧れは、力になる。【木下淳、勝部晃多】
◆トリプルアクセル 3回転半ジャンプ。ジャンプは跳び方により6種類(その他はループ、サルコー、トーループ、フリップ、ルッツ)ある。アクセルは唯一、前向きに踏み切るため半回転多く回る。全3回転ジャンプのうち最高難度の基礎点8・5点を誇る。1882年にアクセル・パウルゼン(ノルウェー)が考案。女子では伊藤みどりが1988年に世界初成功。
◆中井亜美(なかい・あみ)2008年(平20)4月27日、新潟市生まれ。5歳で競技を開始。21年にMFアカデミーに移籍。22年全日本選手権4位。23年世界ジュニア選手権銅メダル。24年に通信制の勇志国際高に進学。同年ジュニアGPファイナル3位。シニア1季目の25-26年シーズンは、GPフランス大会で日本女子3人目の初出場優勝。GPファイナルは日本勢最高の2位。趣味K-POP。身長150センチ。