<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スピードスケート>◇女子団体追い抜き3位決定戦◇17日◇ミラノ・スピードスケー…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スピードスケート>◇女子団体追い抜き3位決定戦◇17日◇ミラノ・スピードスケート競技場

【ミラノ=飯岡大暉】高木美帆(31=TOKIOインカラミ)が五輪10個目のメダルを獲得した。準決勝でオランダに惜敗したが、3位決定戦で米国を撃破し3大会連続メダルを手にした。個人では今大会3つ目の銅メダルで、大台に到達した。夏冬あわせて日本勢3位、スピードスケートでは世界2位の偉業。20日(日本時間21日)に本命の1500メートルで、11個目を目指す。日本勢は大会19個目のメダルで、22年北京の過去最高18個を更新した。

「おなかいっぱいですよね、銅は」。高木がレース後につぶやいた。その言葉に偉大さが詰まる。ミラノで表彰台の右端に3度立った。1000メートルで顔を曇らせ、500メートルで笑い、この日は胸を張った。金2、銀4、銅4の計10個。日本のエースが大台に到達した。

ずっと先頭を走ってきた。10年バンクーバーに15歳で出場。「スーパー中学生」と騒がれた。14年ソチは落選。五輪を逃す苦しみも知った。18年平昌、1500メートルで銀。初メダルを手に急加速。その大会で3個、22年北京で4個。日本女子最多メダルを上回ったが、止まらない。31歳で迎えたイタリアで3個を重ねた。

この日も先頭を走った。前回までは順番を交代しながら滑った。今回は戦術を変え、風の抵抗を受ける先頭を守り抜いた。後輩たちに背中を押されてゴールした。3人で隊列を組む、唯一の団体種目。練習は1人でできず、レース数も多い。滑り方も変わる。北京後に日体大恩師の青柳徹氏からは「個人種目のため、パシュートはやめたほうがいい」とさとされた。

でも、こだわった。「私が世界で戦えるようになったきっかけの種目」。仲間と滑る楽しさを知っていた。平昌で頂点に立ち、北京は決勝で姉の菜那が転倒。今回は3位決定戦に回った。金、銀、銅。色は1つずつ下がったが「節目をパシュートで取れたことは感慨深い」と喜んだ。レース後は3大会をともにした佐藤と抱き合った。決戦でメンバーを外れた堀川と両手でハイタッチ。ミスして涙する野明の肩をそっと抱いた。仲間がいたから成し遂げられた。

あとは個人に集中する。過去2大会銀の1500メートルに向けて「強い気持ちを持って挑みに行きたい」と宣言した。今大会こそ頂点に立つ。

◆高木美帆(たかぎ・みほ)1994年(平6)5月22日、北海道幕別町生まれ。兄姉の影響で5歳からスケートを始める。中3で日本スピードスケート史上最年少で10年バンクーバー五輪出場。18年平昌五輪で団体追い抜き金など3個のメダルを獲得。18年世界スピードスケート選手権総合優勝。22年北京五輪では1000メートル金など4メダルを加え、夏冬通じて五輪日本女子最多10メダルを獲得。7歳で始めたサッカーでも、U-15代表合宿に参加した腕前。165センチ。

◆飯岡大暉(いいおか・だいき)新潟県加茂市生まれ。学生時代はサッカー部に在籍。小柄な見た目に反したプレーから「鈍足」と呼ばれる。2019年に入社し紙面レイアウトを担当する整理部に配属。デジタル広告の営業企画部をへて24年4月からスポーツ部。パリ五輪後に五輪班に所属し、今回が初めての五輪。スピードスケート、カーリングを主に担当する。新潟県産コシヒカリを手に現地入りした。