1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホ…
1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
2006年ドイツ・ワールドカップを目指すジーコ・ジャパンの初戦(対オマーン)。2年前に日韓ワールドカップの舞台になった埼玉スタジアム2002は6万207人で埋まった。欧米の列強でも苦戦することの多い予選第1戦は案の定、前半に得たPKをMF中村俊輔が失敗。中村と中田英寿がマンマーク気味のしつこい守備に苦しみ、0-0のドロースタートかと思われた終了間際だった。FW柳沢敦との交代で入ったFW久保竜彦が利き足の左足でこぼれ球を蹴り込み、振り切った。前回は開催国枠で自動出場。前々回にアジアを勝ち切った経験者が中田一人という中、半数を超えた「海外組」と国内メンバーの融合に課題を残した。