五輪のペア種目は男女シングルと同じく当時夏季大会だった1908年ロンドン大会から1世紀を超える歴史がある。64年インス…
五輪のペア種目は男女シングルと同じく当時夏季大会だった1908年ロンドン大会から1世紀を超える歴史がある。64年インスブルックから旧ソ連を含むロシア勢が12大会連続で表彰台の真ん中に立つなど欧州の独壇場で、唯一対抗したアジア勢は国策で重点強化し10年、22年大会を制覇した中国だけだった。
日本勢の五輪初出場は72年札幌大会。開催国枠の長沢琴枝、長久保裕組は最下位の16位に終わった。3年前に女子シングルから転向した長沢がのちに「初の国際大会は用意した演目の時間が30秒足らなかった」と明かすほど世界から後れを取っていた。98年長野大会でも結成1年足らずの荒井万里絵、天野真組が最下位の20位。指導者と練習環境に恵まれた欧米の背中は遠く、低迷が続いた。
転機は14年ソチ大会での団体初採用。男女が強いことでメダル獲得を見据え、日本スケート連盟は11年から初心者向けの体験会「トライアル」や経験者の相性を探る「トライアウト」を実施。今大会で初めて2組出場が実現し、三浦、木原組は頂点に立った。
イタリアは06年トリノ大会で荒川静香がアジア人で初めて女子シングルを制覇し独壇場だった欧州勢の序列に風穴をあけた地。今の日本女子の黄金時代につなげた。20年の時を経て、今度はりくりゅうが、ロシア、中国の歴代最高得点を塗り替え価値ある制覇を果たした。