<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇16日◇男子スーパー団体決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場【プレダ…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇16日◇男子スーパー団体決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場
【プレダッツォ=保坂果那】新採用の2人1組によるスーパー団体で日本は6位だった。3回目の途中で悪天候によって中止となり、2回目終了時点の成績で順位が確定した。1番手の今大会メダル3個獲得の二階堂蓮(24=日本ビール)が3回目に138・5メートルを飛んで2位に浮上させていたが、幻の大ジャンプとなった。前回北京大会個人ノーマルヒルで金メダルの小林陵侑(29=チームROY)は、混合団体の銅メダル1個にとどまった。
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上位8チームが進出した3回目から、雪がちらつき始めていた。1人目が全員飛んで日本は2位につけていた。2人目で次第に雪が強まり、途中で一時中断。その後打ち切りが決定すると、会場には各国のファンから歓喜の声やため息が響いた。二階堂は「This is Olympic」と受け止めた。
逆転表彰台も見えていただけに、悔しさが募った。3回目で二階堂が138・5メートルの大飛躍で4つ順位を上げて2位につけた。メダルはラストジャンパー小林陵にかかっていた。スタート位置付近で待ちながら「俺ゲー(俺次第)になったな」と緊張感を高めていた。だが、その出番はなかった。3回目の1人目が全員飛んでいたため「あ、銀メダルか」と思ったが、リフトで降りる時に順位を確認してがっくりした。
さらに追い打ちは中止決定後、雪が止んだこと。「5分でも待っていればできた状況だったので、その判断がなぜできなかったのか分からない。飛びたかった」と疑問を投げかけた。二階堂も「(3回目の)1人目の順位そのままなのかなって最初思った」と、期待から落胆に変わった。23年W杯から始まり、五輪では今大会が初実施の同種目。途中打ち切りは初めてで、日本の2選手はともにルールを知らなかった。
W杯個人総合2位の小林陵と3位の二階堂で臨んだ日本は優勝候補だった。夏に同会場で行われた国際大会グランプリ(GP)では2位に入っていた。
個人でのメダルなしとなった小林陵はラスト種目にかけていたが「やっと終わった。ほんと長かった」と疲れを見せ、3度目五輪が終わって、少しほっとした様子。個人ラージヒルで銀、ノーマルヒルと混合団体で銅メダル獲得の二階堂の台頭が著しかった日本。「日本チームとしてうれしい。もし蓮がいなかったらって考えると怖いっす、今回のオリンピックは。刺激になる」。フランス・アルプス地方で開催される4年後の舞台へ「楽しみ」と笑い、戦いを終えた。
◆保坂果那(ほさか・かな)1986年(昭61)10月31日、北海道札幌市生まれ。13年から高校野球などアマチュア野球を担当し、16年11月からプロ野球日本ハム、17年12月から北海道コンサドーレ札幌を担当。冬季五輪は2大会連続の現地取材で、今大会はノルディックスキーやカーリングを担当。