<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇ペアフリー◇16日◇ミラノ・アイススケートアリーナ【ミラ…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇ペアフリー◇16日◇ミラノ・アイススケートアリーナ

【ミラノ17日=松本航】三浦璃来(24)、木原龍一(33)組(木下グループ)が歴史的な金メダルを獲得した。

その裏には、日本のペアの苦闘の歴史、先人たちが築き上げてきた歴史がある-。

14年前の言葉が脳裏をかすめた。金メダル決定に涙する木原、その姿を見ながらほほ笑む三浦。日本スケート連盟フィギュア強化副部長の小林芳子さん(70)は1人ずつを抱き締めた。

「分かりました。でも芳子さん、はしごは外さないでくださいよ」

ソチ五輪まで2年を切っていた12年。当時強化部長を務めていた小林さんは、名古屋駅へ迎えに来た中京大生の木原とともに、その両親と面会した。ソチでの団体採用が決まり、ペアとアイスダンスの強化が急務だった。

高橋成美は同年世界選手権で銅メダル。快挙だったが、カナダ人パートナーのマービン・トランは日本国籍取得の必要があった。

過去の国際大会の際に、遊びで木原と組んだ高橋が「マービンの手に似ている」と言った残像もあった。体格、女性を心身で支える誠実さ。シングルでも国際大会に出る実力の男に狙いを定めた。「オリンピックに出られる」を殺し文句に、木原家と向き合った。

ほどなくした13年1月。木原は高橋とともに米デトロイトに立っていた。

ペア競技のことも、英語も分からない。女性をリフトで支え、スロージャンプで投げるために時に嘔吐(おうと)しながら食事量を増やした。

8カ月後のネーベルホルン杯。五輪個人戦出場枠獲得が持ち越しとなったオーベルストドルフの夜、小林さんと2人でビールを飲んだ。レストランの隅で悔しさを分かち合った。ソチ五輪では羽生結弦、浅田真央らがメダルは絶望的な団体に出場してくれた。だからこそ、小林さんは「そういう先輩たちがいた上で、今がある」とかみしめた。

小林さん自身は定年を迎え、3月末で強化部から離れる。はしごを外すことなく伴走し、木原が金メダルをかけた表彰式で君が代を聴いた。

高橋らペアに取り組んだ選手たちの名前を1人ずつ挙げ、ミラノ五輪取材エリアの片隅で感慨に浸った。

「みんながイチからやって、龍一くんと璃来ちゃんの奇跡的な出会いがあった。お父様の言葉で、龍一くんが『ペアをやって良かった』と言ってくれる日までは、何とか応援したいと心に刻みました。感無量です。本当に、最高に幸せです」

14年前には想像もできない物語だった。【松本航】

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大阪体育大でラグビー部。13年に日刊スポーツ大阪本社へ入社。2年間はプロ野球の阪神タイガース担当、以降は五輪競技やラグビーを主に取材。21年11月に東京本社へ異動。五輪取材は18年平昌、21年東京、22年北京、24年パリに続き、ミラノ・コルティナ大会で5大会目。ラグビーW杯は19年日本、23年フランス大会で日本代表の全9試合を現地取材。185センチ、100キロ。