<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇ペア・フリー◇16日(日本時間17日)◇ミラノ・アイスス…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇ペア・フリー◇16日(日本時間17日)◇ミラノ・アイススケートアリーナ
【ミラノ=木下淳】五輪の魔物を退治する、史上最大の逆転劇が完結した。
愛称「りくりゅう」こと三浦璃来(24)木原龍一(33)組(木下グループ)が、宿願成就の金メダル。ペアで日本勢初となる表彰台どころか、一気に頂点まで駆け上がった。なぜ、ショートプログラム(SP)5位から、首位と6・90点もの差から、立ち直れたのか。カナダ人のブルーノ・マルコット・コーチ(51)からの「魔法の言葉」があった。
表彰式を終え、金メダルを首にかけた三浦、木原の2人はリンクサイドの恩師へ向かった。、日の丸を背に、マルコット氏とスリーショットで記念撮影。それぞれの歓喜が、全身を貫いた。
りくりゅうは、フリーの世界歴代最高スコアを更新する158・13点。合計231・24点で暫定首位に立ち、そのまま追随を許さなかった。得点が出たキス・アンド・クライで、泣いていた木原が一転、立ち上がり「イエス!!!」と何度も男らしく叫んだ傍ら、コーチは座ったまま両拳を握り、穏やかな目で2人を見つめ、そして抱き合った。
ショートプログラム(SP)5位に沈んだ後、マルコット氏は日刊スポーツなどの取材に「野球の試合のようなもの。試合は9回の3アウトまで終わらない」と語っていたが、この日は“優勝監督”として全社の前に立ち「まずショートの後、伝えたのは、まだ終わっていないということ。そして、本当に信じること。8年前も(ドイツの)ブルーノ(・マソ)とアリョーナ(・サブチェンコ)組が負けていたが、逆転した。私は当時(18年平昌五輪の団体カナダ金メダリスト)エリック(・ラドフォード)とメーガン(・デュハメル=夫人)と一緒に、その場にいて経験している。だから昨夜、その結果を2人に示したんだ」と、やりとりを明かした。
実際、前々回の平昌でペア種目は逆転劇が起きた。SP4位のドイツ組が5・80点のビハインドを、フリーで巻き返した。SPトップだった「スイハン」こと隋文静、韓聡組(中国)を合計で0・43点、上回って金メダルをつかんだ例があった。
「だから今日、最も大きかったことは、決して信じることをやめなかったということ。今日も2人に『昨晩、何が起こったのかを理解しようとするな』と言った。それは何の助けにもならないから。今、未来にだけ集中する必要がある。たとえ(まさかの得意リフト技でミスが出たSPの出遅れを)理解できたとしたって、それは何の役に立たないから」
2019年5月に来日した際、マルコット氏が三浦と木原を、中京大でテスト的に組ませた眼力から、全てが始まった。拠点のカナダ・オークビルで、オフ以外は毎日、顔を合わせて性格も知り尽くす。
「リュウイチは、とても頭が良い。だから時々、過剰に考えすぎてしまうところがある。シンプルに、今日一番のメッセージは『世界一になること、世界最高のパフォーマンスをすること、世界一のチームになることが目標だ』と伝えたんだよ」
結果が、世界歴代最高点の更新。2人が憧れる、前回22年北京五輪の金メダリスト、スイハン組を上回った。
「最高だった。本当に素晴らしかった。彼らのパフォーマンスはオークビルで見てきたものと全く変わらなかった。彼らは、地元では良いロング(フリー)を披露するんだけど、試合になると、うまく機能しなかった。でも今回は最高。ここ(ミラノ)に来てから、今週5回目のクリーン(ノーミス)だった。今年は、常に良いショートだけでなく、ロングにも非常に自信があった。今日、最も重要なのは、彼らが魔法を生み出せたこと。心を込めてスケートをして、本当につながりが感じられた。まさに純粋な魔法だった」
当日の朝も、状態を見極めて適切に鼓舞していた。
「最初は、まだ少し調子が悪かったと思う。練習前に話をして、完璧ではなかったけど、まあ大丈夫だった。練習の後も少し話をしまして、リュウイチが休憩に行って。昼寝から戻ってきた時、私は彼を見て思わず『OK、戻ってきた』と言ったんだ。明らかに強く自信に満ちていた。私が知っている、あの素晴らしいスケートをするリュウイチに戻っていた。お互いに、ほほ笑んで、うなずき合って『よし、大丈夫だ』と。『戻ってきたね。うまく滑っている時に感じるエネルギーは、これだ』とも言ったと思う」
選手村に戻る時間がなかったため、前夜の失敗を引きずって8時間はベッドに入ったものの「寝たか寝ていないか分からない状態」の木原は、小一時間、仮眠した。
「ここで静かな場所を見つけて休んで、戻ってきた途端、まるで別人のようになっていた」
あとは、予感通りの快挙を見届けるだけだった。
日本代表の指導に携わって7年。前回22年の北京五輪は、りくりゅうを日本勢初の入賞(7位)に押し上げ、今回は頂上へ。「本当に特別なこと。小林(芳子)さんに(竹内)洋輔さん(新旧の強化部長)。そして何年も前に、一緒に活動し始めた時から私を信じてくれた連盟の皆さん。ペアを発展させるビジョンを持っていた。私への信頼も、スケーターたちへのサポートもあったからこそ実現したんだ」。そう師はウインクし、日本全体の勝利であることも付け加えていた。