『AFC U23アジアカップ』で年長の選手を揃える列強を寄せ付けずに頂点に立ったU-22日本代表。そのチームには、すでに…

『AFC U23アジアカップ』で年長の選手を揃える列強を寄せ付けずに頂点に立ったU-22日本代表。そのチームには、すでにJ1の舞台にも上がった選手をふくめ8人の大学生が名を連ねていた。2年半後のロサンゼルス・オリンピックを目指すメンバーで異色の存在が、2部リーグでのプレーが目に留まり、抜てきされた快足フォワード(FW)だ。私学の雄の看板学部に籍を置くノーマークの20歳。何者なのか。

ノーマークの男からアジア王者の一員に

 1世紀の歴史で日本代表選手を輩出してきた早稲田大学ア式蹴球部(サッカー部)に、2028年ロサンゼルス・オリンピック世代の新星が現れた。創部100年目の24年に早稲田実業学校高等部(早実)から入学、2年生に上がった25年に右ウイングとして関東大学リーグ2部で全22試合に出場した久米遥太(はるた)だ。


 7ゴールで早稲田の3年ぶりの1部昇格に貢献した久米の持ち味は、30メートル走でチーム1を誇る加速力。右ワイドから時に強引にも見える仕掛けで相手DFを置き去りにし、時にDFの間を割って入ってチャンスを作り出す。いわゆる「ゼロイチ」を生み出せる選手で、部則に忠実な黒髪をなびかせて右サイドを駆け上がる姿は、本人が「見ている人がわくわくするようなプレーをしたい」と話す通りに爽快。相手ボールになった瞬間のトランジションも速く、献身的でもある。

初代表への招集を告げる電話

 目標に据えた負傷なしのシーズンを過ごした年末に来た吉報は、U-22日本代表への招集だ。25年末から翌26年1月にかけて行われた『AFC U23アジアカップ』のメンバーに入り、グループリーグ3試合と準決勝の韓国戦でプレー。ゴール、アシストと数字上の記録こそなかったが、アジア王者になったチームに確かな刻印を残した。
「FWは目に見える結果が大事だと思いますし、数字を残す選手は替えにくいはず。その意味で結果は残せませんでしたが、自分なりの手ごたえがあったことも確かです」

 ロス五輪を目指すチームのメンバーのほとんどが、日本代表でもプレーしたMF佐藤龍之介FC東京)らU-18、Uー20などを経験した選手だ。久米は小中時代に東京都のトレセンの経験はあるが、代表の八咫烏のエンブレムとは無縁。高校選手権(102回大会)では1回戦敗退、国際経験も大学入学後のドイツ遠征だけと、いわば世代的にはノーマークの存在だ。「自分が次のロス五輪世代であることは少し意識をしていましたが、選ばれる対象になるにしても『いずれ』という感じで、1部リーグでしっかりと結果を残してからと思っていました」
 そんな久米のスマホが鳴ったのは12月中旬。初代表への招集を告げる早稲田の兵藤慎剛監督からの電話だった。

Profile
久米遥太(くめ・はるた)
2005年4月7日生まれ。早稲田実業学校中等部時代には横河武蔵野FCジュニアユースでプレー。高等部入学とともに同校のサッカー部に入り、3年時には第102回全国高校サッカー選手権大会に出場した(1回戦で●0-2広島国際学院)。卒業後は早稲田大学政経学部へ進学。ア式蹴球部でプレーしている。2025年、U―22日本代表に抜擢され、各カテゴリーにおいて初めての代表選出となった。173㎝、67kg

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