<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スピードスケート>◇女子500メートル決勝◇15日(日本時間16日)◇ミラノ・…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スピードスケート>◇女子500メートル決勝◇15日(日本時間16日)◇ミラノ・スピードスケート競技場
スピードスケート女子500メートルで、初出場でメダル候補の吉田雪乃(23=寿広)は37秒98で13位だった。
膝を抱え、電光掲示板を見つめた。500メートルを滑り切り、ぼうぜんとした。「悔しいというか、申し訳ない。思い描いた景色を、1度も見られずに終わってしまった」。気づいたら涙があふれた。観客席の家族の姿も、かすんで見えた。
「スケートが嫌い」。小学4年から競技を始め、ずっと言い続けてきた。好きになった瞬間は1度もない。それでも滑り続けオリンピアンになった。「負けず嫌い」が、五輪へ導いた。
幼少期、空手でボコボコに殴られた。3歳上の兄琉太郎さんとケンカしても殴られた。届かないのに、泣きながら殴り返した。負けるのはいやだった。中学時代は陸上との二刀流。盛岡工時代からスケートに一本化。「やめよう、やめようと毎年思っていた」。でも「決めたからにはやりきってやる」。ユース五輪にも出場し、結果が出始めた。
朝5時半に家を出て、夜9時過ぎに帰宅。スケート漬けの生活でも「工業高校に入ったからには資格を取る」と言い張った。周囲に「そんな暇はない」と止められても、貫いた。危険物取扱者乙種第4類、第二種電気工事士。2つの資格に一発合格した。支えてくれた恩師、家族らへ「恩返しがしたい」。その一心で社会人も競技を続けた。北海道、長野が主となる競技で、家族のいる盛岡を拠点にした。独自の道を歩んだ。
25年1月。母真由美さんが乳がんで手術を受けた。W杯で海外転戦中だったが、当日に「頑張ってね」とLINEを送った。この日会場では、回復した母と父昭男さんらに見守られた。メダルには届かなかった。描いた恩返しはできなかった。でも両親から「イタリアに連れてきてくれてありがとう」と感謝された。
「メダルを取って、やめるのが一番だった」と泣き笑い。「やめたかったけど、やめられない。このまま終われない」。4年後へ、負けず嫌いに火がついた。【飯岡大暉】