ミラノ五輪フィギュアスケート女子シングルに挑む坂本花織 photo by Sunao Noto / JMPA ミラノ・コ…
ミラノ五輪フィギュアスケート女子シングルに挑む坂本花織 photo by Sunao Noto / JMPA
ミラノ・コルティナ五輪は大会ハイライトのひとつであるフィギュアスケート女子シングルが火蓋を切り、2月17日(現地時間)にショートプログラム(SP)、19日にフリーが行われてメダルをかけた百花繚乱の争いを演じる。
日本の坂本花織、千葉百音、中井亜美は3人ともメダル候補。アメリカのアリサ・リュウは世界女王で、アンバー・グレン、イザボー・レヴィトも実力者だろう。伏兵はジョージアのアナスタシア・グバノワで、今回のオリンピック団体フリーは2位だった。イタリアのララ・ナキ・グットマンは団体で銅メダルに貢献したように、大観衆の歓声を受けて波乱を起こせるか。また、「個人の中立選手」として出場するロシアのアデリア・ペトロシアンは4回転も跳ぶだけに、不気味な存在である。
そこで、ひとつの仮説を立てて検証してみる。
20年前、トリノ五輪で歓喜の金メダルを勝ち取った荒川静香がもしミラノ五輪で滑ったら、同じように金メダルを取れるだろうか?
サン・シーロでの開会式、開演までのメディアの控え室で筆者は偶然にも荒川に会っている。
「こんにちは」
そう挨拶すると、彼女はにこやかに同じ言葉を返してきた。テレビの仕事で来ているようで、それ以上、引き止めるのも失礼だと感じたのだが、心のなかでは感謝の気持ちを唱えた。
「トリノ五輪をずっと取材したのですが、あなたがいなかったら、ひとつもメダルを見られないところでした。金メダル、ありがとうございます!」
そう胸中でつぶやいた。『トゥーランドット』の響きは今も特別である。メダルなしの日々の連続に、"自分が取材に来たせいではないか"と意味のわからない消沈もしたものだ。
しかしながら、荒川の栄光のトリノでの演技では、ミラノで金メダルを勝ち取ることはできないだろう。
【技術は革新の一途をたどっているが...】
トリノ五輪の荒川は、SPが66.02点で僅差の3位につけた。その構成は、冒頭のジャンプは3回転ルッツ+2回転トーループだったが、今だったらセカンドは3回転をつけられないと上位を争えない。たとえばアリサは3回転ルッツに3回転ループをつけ、さらなる高難度をこなす。
その後のダブルアクセルは危なげなかったが、現在は中井のようにSPからトリプルアクセルに挑む選手も増えている。また、坂本は爆速のスケーティングを続けながら、ジャンプ前後の工夫も極まる。
フリーで荒川は125.32点を記録したが、3回転ルッツ+2回転ループ、3回転サルコウ+2回転トーループだった。後半の3回転ループは2回転になっている。後半の見せ場、イナバウアーからの3連続ジャンプなど演技が途切れず、美しさは今も気高さを感じるほどで、演技構成点も高く、スケーティングスキルはトップだ。
しかし、繰り返すが、今や3回転のセカンドには3回転をつけるのが上位争いの基本である。たとえば今回の五輪団体フリーでは、グバノワは3+3を跳び、アンバーが3+2だったことが、勝敗を左右していた。ここはメダルを争うひとつのラインと言える。
もっとも、実は荒川も3+3を果敢に跳んでいたし、トリノでも自身は跳ぶ気満々だったという。しかし、ロシアのイリーナ・スルツカヤやアメリカのサーシャ・コーエンなどライバルたちとの拮抗した戦いを考慮して、ニコライ・モロゾフコーチからの指示で3+2に切り替えている。勝負を考えたとき、着実にポイントを稼ぐ構成を選択したのだ。
いわば、勝つための最善の戦術だった。
言い換えれば、もし荒川がミラノのリンクに立ったら、勝利に求められる最善を尽くすのではないか。
言うまでもないが、フィギュアスケート界全体の技術は革新の一途をたどっている。今は締め出されているロシアの選手の体つきを見ていると、まさにフィギュアスケートをするためだけにトレーニングを重ねており、それはやや行き過ぎているほどだろう。トレーニング方法やフィジカル能力の高さなど、20年前とは隔世の感がある。
だから単純な比較はバカげている......。だが、そこにはひとつの真理がある。
「真に一流の選手は、時代に適応することができる」
時代を越えた選手の優劣の議論はあらゆるスポーツで行なわれるが、その時代のトップに立った選手は、違う時代でも求められていることに反応し、その先頭に立てるという。たとえばサッカーのディエゴ・マラドーナは現代のピッチに立っていれば、リオネル・メッシに匹敵するか、それ以上になっていたかもしれない。アジア人女性初のメダルを勝ち取った伊藤みどり、国民的人気を誇ってメダルに輝いた浅田真央も同じで、彼女たちはオールタイムチャンピオンだ。
荒川のスケーティング技術は本物だった。スパイラルは芸術的で、それが彼女のスケーターとしてのキャラクターも引き立たせていた。静謐な演技者であり、メンタル的にタフだっただけに、現代の勝負でも違いを見せられただろう。観衆の熱気をエネルギーに変換できたからこそ、オリンピックという舞台で金メダリストになれたのだ。
ミラノ・コルティナ五輪で日本の3人のスケーターたちは荒川の域に達することができるか。メダル争いは永遠のドラマだ。