今年の元日。日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)のサンフレッチェ広島レジーナは、創部初の皇后杯優勝を成し遂げた。 …

 今年の元日。日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)のサンフレッチェ広島レジーナは、創部初の皇后杯優勝を成し遂げた。

 「試合にしっかり絡んで取れたタイトルなのでうれしい」。先制ゴールを決め勝利の立役者となったのは、26歳の苦労人、李誠雅(リソンア)選手だった。

 大阪生まれ、大阪育ち。幼稚園生の頃からボールを蹴るのが好きで、小学2年で本格的にサッカーを始めた。18歳で上京し、日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)1部でしのぎを削る強豪、日本体育大学の女子サッカー部へ進んだ。

 1年生の時から試合に出場したが、3年時は疲労骨折などでプレーできず。リハビリ期間をへて、主将として臨んだ最終学年は、開幕から好調を維持した。その矢先だった。ひざの靱帯(じんたい)を断裂し、またもシーズンを棒に振った。

 それでも「主将としてやるべきことがある」と前を向いた。チームはなでしこリーグ1部に残留。だが、本当につらいのはここからだった。

 大学を卒業したが、所属先はなし。プレーでアピールしたいのに、できるのはリハビリだけ。元同級生らの活躍を見て、不安が募る毎日だった。

 でも、サッカーを辞める選択肢はなかった。朝鮮国籍をもち、北朝鮮代表でのW杯優勝を目標に掲げる。夢のため、黙々と鍛錬を重ねた。

 けが続きでまともにプレーできなかった自分を、レジーナが獲得してくれた。今から2年前のことだ。

 昨年途中から本職ではないウイングのポジションに回ったが、レギュラーをつかみ始めている。「景色が全然違う。異国に来ているみたい」と最初は戸惑ったが、今では「自分にとってプラスの経験」と前向きに受け入れる。

 「このチームは自分の余白にかけてくれた。(獲得は)勇気のいることだったはず」。感謝の思いを胸に、ピッチで輝き続けるつもりだ。(相川智)

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 ゴールを外した時の方が記憶に残るといい、皇后杯でゴールキーパー頭上に決めた左足での得点シーンはあまり覚えていない。あこがれは、岡山県倉敷市出身の元Jリーガーで、北朝鮮代表としてW杯に出た安英学(アンヨンハ)さん。