ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケート男子シングルは、とびきりのドラマが待っていた。小説でも、漫画でも、映画でもなか…

 ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケート男子シングルは、とびきりのドラマが待っていた。小説でも、漫画でも、映画でもなかなか作り出せない。現実に起こったからこそ、心を動かされる劇作だ。

"4回転の神"と言われるイリア・マリニン(アメリカ)が、フリーは絶不調で下位に転落することになった。メダル候補アダム・シャオ・イム・ファ(フランス)も大不振。一方、ほぼノーマークだったカザフスタンのミハイル・シャイドロフが躍進し、逆転で金メダルを勝ち取ることになった。あまりの波乱に、会場は一時、騒然としていた。

 そして日本の鍵山優真、佐藤駿のふたりは堂々と銀と銅のメダルを手にしている。前回、北京五輪の鍵山の銀、宇野昌磨の銅に続く受賞である。フィギュア団体の銀メダルへの貢献も含め、日本の男子フィギュアスケートが「系譜を受け継いでいる」と言える殊勲だった。



メダルを胸に観客の声援に応える鍵山優真と佐藤駿 photo by Sunao Noto / JMPA

 マリニンのまさかの失墜でメダル受賞が決まった直後、鍵山は信じられない表情で目を潤ませる佐藤を称え、明るく喜びを分かち合っていた。同世代のふたりは、お互い研鑽を積んできたはずで、それをお互いが肌で知っているからこその"連帯"だった。何より、それがフィギュアスケートらしかった。

 実は、この世代は不安を抱えていた。

 2024年5月、人気と実力で男子フィギュアスケートを引っ張ってきた宇野昌磨が現役引退を発表した。宇野は平昌五輪で銀メダル、北京五輪で団体が銀メダル、個人が銅メダルを獲得。全日本選手権では6度の優勝、世界選手権でも連覇も果たした。本人がおっとりとした独自の世界観の持ち主で、いわゆる"大物感"は出さないのだが、控えめに言ってレジェンドだ。

「僕が宇野選手の代わりになることはできないです」

 宇野がリンクを去って、初めてのシーズンに突入する記者会見で、鍵山はそう断っている。

「僕ひとりで(男子フィギュアスケート界を)背負っていくつもりはありません。日本男子はみんなが強くなって、切磋琢磨している状況なので、(宇野の人気とは別に)パフォーマンスのところしかできないですけど、少しでもスケートの魅力が伝わったらいいなと」

【「お互いがモチベーションになれるように......」】

 まさに、鍵山は有言実行だった。力むことなく、同じ世代の佐藤、三浦佳生と共闘し、大きな成長を遂げている。3人がそれぞれ共鳴したのだ。

 今回のオリンピックでも、三浦は佐藤に「必ず逆転でメダルを取れるから」と励まし、それを実現している。鍵山はノービス、ジュニア時代からの佐藤とのライバル争いを「バチバチ感」と表現し、刺激を力に換えていた。一方、佐藤は三浦には何でも話しやすそうで、鍵山には仄かな敬意を抱いているようで、今シーズンの進化は一番目覚ましかった。

 独特の共闘精神が3人の武器だ。

 あるいは、それこそが宇野が残した"目に見えない"伝統だったかもしれない。彼自身、ほかの選手に敬意を欠いたことはなかったし、"誰かのおかげで成長している"という考えを常に根底に置いていた。

「僕以上に(鍵山)優真くんの演技がすばらしかったです」

 これは2023年のGPシリーズNHK杯のあと、鍵山に次ぐ2位に終わった宇野が語った言葉である。

「(鍵山の)点数を超えるには、僕が完璧にやらないといけなかったんですが、4回転+3回転が詰まった時点であやしいなって......。でも、それよりも優真くんが再びこの地に帰ってきてくれたのがうれしく思います。2年前、(スランプに陥っていた)自分は、彼に競技へのモチベーションに火をつけてもらいました。その時と同じく、僕は(2022-23シーズンは足首のケガなどで不調だった)彼にとってのモチベーションになれる選手でいられるように、と思いながらやってきたので」

 宇野自身、ライバルが与える刺激が力になることを明かしていた。

 誰かを倒したい、という虚栄心ではない。仲間をリスペクトし、自分自身にフォーカスすることで、力が湧き上がる"回路"だ。

「(順位については)それ以上の選手がいたということで。それより"もっとできたな"と思わせてもらえるのが、いいことだと思っていますね。その競争は、見るぶんには面白いはずですし、まあ、やるぶんにはたまんないですけどね(笑)。勝負そのもののヒリヒリ感にこだわるより、"お互いがモチベーションになれるように"と僕は思っています」

 宇野はかつてそう語っていたが、清々しい共闘精神が息づいているからこそ、今回のオリンピックで、鍵山、佐藤のふたりは最後にメダルを勝ち取れたのだろう。三浦もフリーは挽回して10位に食い込み、「4年後につながった」と手応えを得ていた。

 それぞれの物語は続き、そのスピリットは今回、年齢制限で出場できなかった中田璃士など他の国内選手にも還元されるはずだ。"宇野昌磨という時代"の継承だ。