◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽ノルディックスキー・ジャンプ 女子個人ラージヒル(15日、イタリア・ミラノ)【バルディフィエ…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽ノルディックスキー・ジャンプ 女子個人ラージヒル(15日、イタリア・ミラノ)
【バルディフィエメ(イタリア)15日=松末守司】チーム最年長31歳でチームの柱、伊藤有希(土屋ホーム)は14位だった。
今季、W杯で二桁着順が続き、過去9勝を挙げる実力者は絶不調に陥っていた。五輪開幕後も個人ノーマルヒルで17位。10日の混合団体メンバーから漏れていた。それでも、ノーマルヒルからラージヒルに台が変わった初の公式練習(12日)で、いきなり138メートルの大ジャンプ。13日にも130メートル級のジャンプを連発した。調子を取り戻し、ラージヒルに合わせてきた。結果は14位だったが、4度目の五輪を終え「4度もオリンピックに挑戦させていただいて、メダルは取れなかったけど、こういう経験をさせていただいて、携わってくださった方々が私にとって金メダル以上に大切なものだと感じた」と気遣いの人らしく、周囲に感謝。現地で応援してくれた家族、応援団への思いも口にして「今までのオリンピックで一番空がきれいに見えた気がします」と、目を潤ませた。
伊藤は10日は、メンバーからは外れたとはいえ、出場選手だけでなく会場に訪れ、チーム一丸となって応援。前回北京五輪でスーツの規定違反で失格し、涙にくれた高梨沙羅(クラレ)の悔しさを知っている伊藤はその高梨を抱きしめ、涙とともにメダル獲得を喜んだ。長く女子ジャンプ陣をけん引し、後輩たちの支えになってきた。
伊藤を象徴する出来事がある。女子のフライングが初めて実施されることになった22~23年シーズンのW杯。危険が伴うため、上位15人しか出場できなかったが、伊藤は直前の大会で失格し、出場圏外に脱落した。いつも笑顔を浮かべ、誰とも親しみを持って接する伊藤のために、世界各国の選手、コーチたちが署名活動するなどして出場を後押し。他の選手の辞退などもあり、スタートゲートに座ることができた。これが伊藤という選手で、メダル獲得に多くの選手が祝福に訪れた。誰からも愛される伊藤有希は、万感の思いで4度目の五輪を終えた。