悪天候予報で15日に前倒しになったミラノ・コルティナ五輪スノーボード男子スロープスタイル(SS)予選を前に、日本代表の…
悪天候予報で15日に前倒しになったミラノ・コルティナ五輪スノーボード男子スロープスタイル(SS)予選を前に、日本代表の荻原大翔(TOKIOインカラミ)が同日、足首を痛めたとして自身のSNSで欠場を発表した。昨年12月にホームゲレンデでもある「星野リゾート ネコマ マウンテン」で、メダル獲得を見据えた特注コースを使って調整を重ねてきただけに、無念の決断となった。同施設は昨年10月、荻原とスポンサー契約を締結。ホームゲレンデとして、日本では極めて珍しいメダル獲得を想定した特注のSSコースを造成した。パーク造成統括責任者の山田雄二さんがこのほどスポーツ報知の取材に応じ、幼少期から見守ってきた荻原の素顔や、特注コース誕生の舞台裏を明かした。(取材・構成=綾部 健真)
出会いは荻原が小学生高学年の時だった。「とにかくくるくる回っていた印象で当時から“スピンマスター”になる予感はありました」。裏方として開場前後の整備を担う山田さんが、荻原と本格的に言葉を交わすようになったのは中学3年時。コロナ禍で海外遠征が中止となり、日本代表選手も参加する合宿がネコマで行われた時だった。「滑りはずば抜けているし、あいさつもしっかりしている。『いいパークをありがとうございます』と感謝の言葉をもらったこともあって、本当に好感度の高い子でした」。
昨年末に荻原は約10日間ネコマで調整した。世界のトップボーダーへと成長した姿を見て「軽い身のこなしで、すごいことをやってしまう。本当に一生懸命取り組んでいるのが伝わってきました」と改めて圧倒されたという。特に印象に残っているのは、荻原のスノーボード愛。「トップ選手になると、休養を優先することも多い。でも彼は朝から夕方まで滑り続ける。オフの日もスノーボード三昧。大好きというオーラが、常に出ている選手です」。
昨年12月、荻原がW杯を優勝し五輪代表内定が決まると、本人からの要望で本番を想定した特注のSSコースの造成が始まった。「五輪のコースはレール間隔が狭い部分がある。その感覚をつかみたいという要望がありました。時間はなかったですが、応援したい一心でした」。完成後、初めて滑った荻原から返ってきた言葉は「最高」。「正直、あの一言はうれしかったです」。本格的なシーズンが始まる前に約1週間で作り上げた苦労が報われた瞬間だった。
山田さんにとって、荻原は特別な存在だ。「自分が作ったコースで練習した選手が五輪でメダルを取る。それが夢です。その夢をかなえてくれる最高の選手だと思っています」。今大会での出場はかなわなかったが、原点のゲレンデで磨いた技と情熱を力に変え、荻原はきっと4年後の大舞台で最高の一滑りを魅せるだろう。