<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇14日◇男子個人ラージヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場【プレ…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇14日◇男子個人ラージヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場

【プレダッツォ=保坂果那】初出場の二階堂蓮(24=日本ビール)が合計295・0点で初の銀メダルを獲得した。1回目140メートルで首位に立ち、2回目は136・5メートルを飛んだ。9日個人ノーマルヒルと10日混合団体で銅メダルを手にしており、ジャンプ競技での1大会3個のメダルは98年長野五輪の船木和喜(ラージヒルと団体金、ノーマルヒル銀)以来28年ぶり2人目の快挙達成となった。

「悔しい~! 悔しいっす」。シーズン開幕を控えた3カ月前の二階堂は、五輪で優勝争いを演じ、涙を流す姿を想像していただろうか。金メダルを目前にしたが、惜しくも逆転された。試合後元ジャンプ選手の父学さん(59)と抱き合い、泣きじゃくった。悔し涙がいつぶりかは思い出せない。「父さんのことを見ちゃったら、金メダルを見せたかったって思いがほんと強すぎて、我慢できなかった」。二階堂の招待で現地観戦した学さんは息子を抱きしめながら「十分やったべや」とたたえた。

個人ノーマルヒルと混合団体で「2回銅」だった二階堂が、銀メダルに輝いた。「もしかしたらまた銅メダルなんじゃないかって思った」のは、2回目の飛躍後。1回目140メートルで首位に立ち、ラストジャンパーとして臨んで136・5メートルを飛んだ。優勝が頭をかすめ、緊張による力みが出たのか、空中で左のスキー板が落ちてしまい失敗。先に飛んだプレブツに6・8点(飛距離換算で約3・8メートル)届かなかった。「自分がまだまだ未熟だなって痛感した」と受け止めた。

昨季までW杯個人で表彰台にも立ったことがなかった。昨年11月に開幕した今季は、初優勝含む7度の表彰台。個人総合トップ3につけ、自信を持って初の五輪舞台を迎えた。4年前の北京大会はテストジャンパーの打診を受けたが「俺は選手で行きたい」と断り、代表入りを実現。さらにメダルを3個も獲得した。金メダリスト船木以来の衝撃五輪デビューも「世界トップになることをずっと目標にやってきているので、まだまだ満足できていない」と言い切る。

「スパルタだった」という厳しい指導を受けた学さんへの苦手意識もあった。だが、父がかなえられなかった五輪に出て、喜びのハグ、悔し涙のハグ、両方を経験。お互いの距離感がぐっと縮まる。それは小さい時から言われ続けた「世界一になれ」の言葉どおり、親子で頂点を目指し、ともに大舞台で戦っているからだ。

16日スーパー団体が今大会の最終種目。4個目のメダルとなれば、冬季五輪の日本男子史上1大会最多を達成する。「しっかりと金を取りにいきたい」。初五輪のフィナーレは、最高の笑顔で締めくくる。

◆二階堂蓮(にかいどう・れん)2001年(平13)5月24日、江別市生まれ。江別大麻泉小2年から競技を始め、江別大麻東中から下川商高に進学し、3年時に全国総体優勝。22年から日本ビール所属。W杯は20年2月の札幌大会でデビューし、個人優勝は1度、表彰台は7度。世界選手権は23、25年の2大会連続で出場。26年1月13日に結婚し、家族は妻。

◆保坂果那(ほさか・かな)1986年(昭61)10月31日、北海道札幌市生まれ。13年から高校野球などアマチュア野球を担当し、16年11月からプロ野球日本ハム、17年12月から北海道コンサドーレ札幌を担当。冬季五輪は2大会連続の現地取材で、今大会はノルディックスキーやカーリングを担当。