(13日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック〈五輪〉フィギュアスケート男子フリー) ショートプログラム(SP)9位から…
(13日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック〈五輪〉フィギュアスケート男子フリー)
ショートプログラム(SP)9位からの表彰台を、佐藤駿は諦めていなかった。
銅メダルを引き寄せたのは勇気だ。演技直前の6分間練習に入る前、大きな決断をした。
メダルを狙うために、投入を迷っていた4回転フリップの回避を決めた。高得点が狙える一方、十分な練習はできていなかった。
「ものすごく悩んで、昨日も全然寝られなかった」
日下匡力コーチと話し合い、一発大逆転ではなく、ここまで積み重ねてきたものを最後まで信じてみることにした。
少しでも体力を温存しようと、夕方の公式練習は見送った。「戦略的な休み」だった。6分間練習後には、ルーティンだという同じ仙台市出身の羽生結弦さんの動画で気持ちを高めた。2018年平昌五輪の金メダルを決めた、男子フリーでの映像だ。
仲間にも支えてもらった。
「オリンピックは難しいね」。ともにSPで振るわなかった三浦佳生にそんな話をしたら、「諦める点差ではない。駿は行ける」と背中を押された。
勝負のリンクには、開き直って上がったという。
冒頭、4回転ルッツを決めて勢いに乗る。4回転―3回転の連続トーループで3.12点の高い出来栄え点(GOE)を引き出すなど、加点を積み上げていった。
大きなミスなくまとめ、最後はガッツポーズ。合計274.90点に、日下匡力コーチとがっちりと握手を交わした。
取材エリアに現れた佐藤は、「本当に信じられないです。夢なのかな」。
22年北京五輪の男子フリーが行われた日、佐藤は病院で左肩の手術を受けていた。親友の鍵山優真の銀メダルに輝いたのを、術後に知った。残酷なほどの差だった。
あれから4年、不満を言わずに努力し続けた。鍵山と一緒に上がった表彰台。佐藤は大粒の涙を流した。(遠田寛生)