フィギュアスケート男子で、2大会連続銀メダルを獲得した鍵山優真(22)=オリエンタルバイオ・中京大=。18歳で初出場し…
フィギュアスケート男子で、2大会連続銀メダルを獲得した鍵山優真(22)=オリエンタルバイオ・中京大=。18歳で初出場した22年北京五輪から、山あり谷ありの4年間を歩んできた。左足首のケガで休養した時期や、日本男子のエースとしての重圧に悩んできた時期を共に過ごした1人が、北京五輪前から鍵山のトレーニングやケアを担当する淺井利彰トレーナーだ。心身を支えてきた鍵山との歩みを、振り返る。(取材・構成=大谷 翔太)
北京五輪で銀メダルを獲得した鍵山は、翌シーズンに左足首を疲労骨折した。22―23シーズンはGPシリーズを欠場。森永製菓のサポートを受ける鍵山は、淺井氏らとまずはケガをしない体作りに取り組んだ。淺井氏は言う。
「まず、足首の動きをよくしましょう、ということに取り組みました。人体の図解を使いながら説明し、指を1本ずつ動かしてみたり、小さな骨も意識して手で動きを出したり。ウォーミングアップの最初に入れ、足首の可動域を広げることに注力しました」
トレーニングに加えて、同社栄養士の指導のもと、体の回復にも着目した。
「身体を回復させるだけの材料が体内にあるかを確認するため、3か月に1度ほどのペースで採血をし、データをとりました。骨を強くする上で必要なカルシウムやビタミンD、亜鉛などが足りているかを栄養士が確認し、食事を基本としつつ足りていない部分をサプリメントで補うようにしていました。助言をもらいながら、今ではその数値もかなり安定するようになりました」
元々、淺井トレーナーも認めるほど鍵山のセルフコンディションの意識は高かった。マッサージをしていても、積年の功を手から感じ取る。
「筋肉の状態の回復が早いのは、鍵山選手の一つの特徴です。疲労度によって時に硬い時もありますが、触るとすぐに元の状態に戻ってくれるので、こちらとしてはありがたいです。鍵山選手は弊社がサポートする前から、マッサージガンやブーツ型の圧力マッサージ機など持っていて、就寝前に毎晩マッサージを行っています。こちらから言わずともでき、意識の高さはさすがです」
北京五輪から4年。24年には全日本選手権で初優勝するなど、国内でも追われる立場となった。時に重圧も感じ、世界王者のマリニン(米国)との比較にも悩んだ。苦しんだ時間だが、淺井氏は「自然の流れ」と見ていた。
「本人はしんどいと思いますが、ある種必要な経験であったと思います。北京五輪は挑戦者として臨み、翌シーズンはケガをして、周囲よりも自分がいかに早く競技に戻れるかに時間を費やしました。そこから戻ってきて全日本で優勝し、追われる立場に。『本命』の選手と見られる中で、どう結果を出していくのかというフェーズに移りました。ただこれは、どの競技でもトップを走る選手にはつきまとってしまうことでもあります」
技術点を追った昨季から、五輪シーズンは持ち味のスケーティング技術を極める方針に転換。吹っ切れたように、鍵山の表情は明るくなったという。淺井氏も、その変化を感じていた。
「(昨年12月の)GPファイナルのSPで、客席に向かって指を差したんです。あれは振り付けには入っていないのですが、気持ちが乗っていたんだと思います。『すごく盛り上がっていたので、やってみました』と。先シーズンは、そういう場面が一度もなかったのではないでしょうか。ノっている時は、自分に没入し、心からのガッツポーズが出る選手なんです」
体のケア中は淺井氏が自然と会話を引き出し、考えをアウトプット。時に趣味のカメラやドライブの話も弾み、心身共に支えとなっている。淺井氏は今回、鍵山のパフォーマンスについてこう期待を込めていた。
「22年北京五輪と同じようなパフォーマンスをしてくれれば、一つの成長を示せると思います。良くも悪くも変化があった中で、同じことができるというのは嬉しいことでもあります。悔いがないように、自分の好きなように演技をしてほしいです」
勝負のフリーでは、ジャンプにミスが出て納得の演技ではなかった。ただ死力を尽くし、再び銀メダルを手にした。同じメダルでも、中身が違う。4年分積み重ねた、重いメダルだった。