日本のみならず国境を超えてバレーボールの指導に携わるプロコーチの三枝大地さん。その原点はJICAの海外協力隊派遣で出会っ…

 

日本のみならず国境を超えてバレーボールの指導に携わるプロコーチの三枝大地さん。その原点はJICAの海外協力隊派遣で出会った、様々なつながりだった。ご自身の体験と今、海外協力隊に興味を持った読者へ伝えたいメッセージをうかがった

 

 

 

 

 私がJICAの海外協力隊派遣を初めて知ったのは社会人になってからで、大学時代の友人から「大地に合うと思うよ」と声をかけてもらったことがきっかけです。自分でも面白そうだと感じたので、挑戦してみることにしました。

 

 派遣先はアフリカのニジェール共和国です。当時、ニジェールのことは知らず漠然とアフリカの砂漠地帯という印象でしたが、実際に行ってみるとそのとおりでした。今でも土の香りを覚えていますし、それとともに当時の記憶も深く刻まれています。

 

 派遣期間は2週間ほどで、内容はバレーボールの指導です。現地では何もかも衝撃的でした。国内に体育館が1つしかなく、いわゆる「青空バレー」が当たり前。そこでネットのアンテナを立てるための棒を探す際にも、私たちは地面に落ちているものに目を向けたのですが、現地の子ども達はどの木を折ろうかと近くの木に目をやるんです。これは日本とは異なる感覚だと実感しました。そんななか、指導した子ども達のキラキラとした目は決して忘れません。また、現地の選手が「あなたが来てくれたおかげで私の人生が変わった」と言ってくれたこともありました。今も、その彼とは交流を持っています。

 

アフリカ・ニジェールでの三枝さん(後列左)と現地の子ども達(2003年7月頃)

 

 一方で、食事に慣れずお腹を崩すこともありましたが、自分なりの工夫や要望を伝えることで、柔軟に対応してもらえる場面もありました。初めての海外でしたので最初は大変でしたが、以降はどんな国に行っても平気になりました。

 

 実はニジェール共和国への派遣は長期派遣隊員の手伝いでした。その後、自ら海外協力隊に応募し、協力隊派遣前訓練後にチリへ派遣されました。派遣先によって要請内容は異なり、私はチリ南部アウストラル大学のバレーボール部の強化がメインでした。

 

 最初、選手たちは素質があるのにトレーニングや練習にそれほど熱心ではありませんでした。トレーニングをしたら素晴らしい選手になれると伝えても、「あなたが日本人だからできるんだ」と言い訳をするほど。そんなタイミングにご縁が繋がり、私が州大会に出場できる機会をいただき、そこから南部州大会、全国大会と出場しました。優勝とスパイク賞を持ち帰ると、それが説得力になり、学生たちの意識改革がおきました。やはりプレーや結果での説得力は強いです。

 

UNISUR(※)のタイムアウトで話す三枝さん(写真中央/2006年5月頃) ※チリ南部の主要大学によって構成されるスポーツリーグ

 

 

「また行きたい」と思うほどの経験

 

 JICAの海外協力隊派遣はスポーツに限らず様々な分野がありますが、バレーボールの場合は競技経験の有無が第一です。ただ、それだけでなく、文化や環境、目の前の事象に応じて変化、対応できる人間性を持ち合わせていることが大切です。私自身、指導経験は大学生時代に多少あった程度で、海外で現地の選手や子ども達と一緒に過ごした体験そのものが今、指導者としての財産になっています。

 

 

 「また行きたい」と思う経験、これがJICA海外協力隊に興味を持っている皆さんへのメッセージです。実際に現地へ行ってみないことには到底わからない世界が広がっています。そこでいろんなことを学ばせてもらい、自分の視野が広がり、やがて日本に帰国したときには想像していなかった発想や考えがあふれるほどに湧いてきます。それはコーチングと似ているかもしれません。私が指導するときも、「役目のひとつは選手の見えなかった世界が見えるようになるお手伝い」だと考えています。

 

 自分に向いている、向いていないと考えるかもしれませんが、経験したからこそ気づける世界があります。海外協力隊に行っていなければ、間違いなく今の私はありません。なぜなら、この経験が私の原点ですから。

 

※現在、ニジェール共和国への派遣は行っておりません

※現在、短期の派遣は1ヶ月~1年未満の派遣となっております

 

 

人生なんて きっかけひとつ。

■JICA海外協力隊 2026年春募集

応募期間:2026年2月27日(金)~4月15日(水)

https://www.instagram.com/jica_kyoryokutai/

 

 

三枝大地(プロバレーボールコーチ)

1980年3月7日、兵庫県加西市まれ。中学生でバレーボールを始め、兵庫県立北条高を卒業後、一般入試で進学した東海大学のバレーボール部に入部した。大学卒業後の就職を経て、海外協力隊の派遣でニジェール共和国やチリでバレーボールの指導を行う。帰国後はアンダーカテゴリーの女子日本代表監督・コーチを歴任。現在もプロコーチとして精力的な活動をしている。

 

(月刊バレーボール)