<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュア>◇13日◇男子フリー(最終)決勝◇ミラノ・コルティナ・アイススケー…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュア>◇13日◇男子フリー(最終)決勝◇ミラノ・コルティナ・アイススケートアリーナ
【ミラノ=藤塚大輔】初出場の佐藤駿(22=エームサービス/明治大)が銅メダルを獲得した。ショートプログラム9位だったが、あきらめない姿勢でフリーも貫き、フリー全体3位の186・20点で合計274・90点。暫定3位で最終滑走者のマリニンの演技を待った。絶対王者がまさかの8位惨敗で銅メダルが確定し、佐藤は号泣。フィギュア日本男子の表彰台は、高橋大輔、羽生結弦、宇野昌磨、鍵山優真に続いて5人目となった。
6位だった25年世界選手権からのルーティンで、悲願を引き寄せた。演技直前の6分間練習後に「見てから行きました」と言うのは、同じ仙台市出身で五輪2連覇王者の羽生結弦の演技動画。1年近く大会で続けている習慣で「おすすめに出てきたやつをポンポンポンって感じで。今回はオリンピックのフリーを見たりして気持ちを高めていきました」と、この日も大先輩から力をもらっていたことを明かした。9位と出遅れたSPではグループの1番滑走だったこともあり、事前に動画を見ることができていなかったという。「それが良くなかった原因かな」と笑顔で振り返った。
佐藤は5歳の時に荒川静香、羽生と同じアイスリンク仙台で競技を始め、19年ジュニアグランプリ(GP)ファイナルで優勝。羽生に次いで日本人2人目の成功者となった4回転ルッツを武器に、22年からは世界の上位6人によるグランプリ(GP)ファイナルに3度出場し、24年から2年連続で3位となった。
世界選手権は25年に初出場し、日本勢2番手の6位と健闘。同年末の全日本選手権で自己最高の2位となり、初の五輪切符をつかんでいた。
◆佐藤駿(さとう・しゅん)2004年(平16)2月6日、仙台市生まれ。全日本ノービス選手権は13年から4連覇。4大陸選手権は23年銅、24年銀メダル。GPシリーズは24年中国杯で初優勝。25年世界選手権6位。埼玉栄高を経て明治大。演技前に羽生さんの動画を見るのがルーティン。162センチ。