SVリーグ 注目選手インタビュー甲斐優斗/大阪ブルテオン 前編【悔いの残らないように臨んだインカレだったが...】 20…
SVリーグ 注目選手インタビュー
甲斐優斗/大阪ブルテオン 前編
【悔いの残らないように臨んだインカレだったが...】
2025年の甲斐優斗は、常に駆け回っていた。年が明けてまもなくSVリーグの大阪ブルテオン(大阪B)に特別指定選手として加入し、夏の代表シーズンは日本代表の一員として国際大会に出場。それが終わると、2025-26シーズンは大阪Bに正式入団し、それと並行して専修大でもプレーした。
2月7日のSVリーグ第13節、敵地での日本製鉄堺ブレイザーズ戦で3-0の勝利に貢献した甲斐優斗(左)
photo by SV.LEAGUE
今回のインタビューの冒頭に「休む暇もなかったのでは?」と本人に聞くと、「そうですね」とうなずき、こう続けた。
「それこそパリ五輪の前から、休んだ日はなかったと思います」
現在22歳、若さゆえのセリフだろうか。けれども、その口ぶりは決してネガティブな雰囲気を感じさせない。
「確かにしんどいと感じることもありますが、それ以上の経験や収穫があるので、休みたいと思うことはないです。逆に休んでしまったら、継続して成長することが難しかったと感じます。体が壊れないかぎり、休まずにバレーボールをしたいし、やれると思います」
そうだった。むしろ2022年に日本代表に初めて登録されてから、常に甲斐はトップレベルの世界に触れてきた。日本代表ではネーションズリーグの銅メダル(2023年)、準優勝(2024年)を肌身で味わい、パリ五輪にはチーム最年少で参加し、実際に起用される場面もあった。そうした経験と収穫は上昇カーブの成長曲線につながった。
本人いわく、何歳まで現役生活を送るかは考えていない。「できるところまでやります。オリンピックなど大きな大会が節目になるのかなと思いますね」と甲斐は微笑む。今は競技人生を思いきり謳歌し始めたところだ。そのうちの1ページである2025年は、甲斐にとって"フィナーレ"と"スタート"が入り混じるものだった。
節目を迎えたのは、学生生活だ。2024年末の全日本インカレでは、3年生ながらチームのエースとして専修大を日本一に導いた。翌2025年大会は、大学生活最後の全日本インカレで、目指すはもちろん連覇。甲斐自身、並々ならぬ意気込みを抱いていた。
「代表シーズンが終わってからブルテオンにすぐ合流して、そこから大学の練習にも参加していました。でも関東大学秋季リーグでの結果が振るわず、最後は2部との入れ替え戦で負けてしまった。自分として重く受け止める部分があったので、全日本インカレでは悔いが残らないようにしたいと考えていました。セッターと合わせる時間が欲しいと考えて、なんとか大学で練習する時間を確保してもらい、全日本インカレに臨みました」
【「過去で一番しんどい1週間」】
大阪Bの承諾を得て、全日本インカレへの準備を整えた。「周りの意見はそれほど聞かずに、自分からこうしたいと言えました」と振り返るあたり、その覚悟がうかがえた。
「理解してくれたブルテオンには、とても感謝しています。実際にブルテオンでは、スタメンで起用してもらう機会も増えていましたから、悩むところもあったんです。ただ、大学生活最後の全日本インカレは人生も一回きり。自分の中でも優先順位が一番高かったです」
その全日本インカレは「過去で一番しんどい1週間でした」と苦笑いを浮かべるほどの大会となった。1回戦こそストレート勝ちを収めるも、2回戦は3-1、そして3回戦から準決勝までは3日連続でフルセットの試合が続いた。
「どうしてもセッターとトスを合わせる時間が少なかったので、本番で自分がどんなトスにも合わせて打つぐらいの気持ちでプレーしていました。その分、ジャンプの疲労度は高かったですし、それ以上に最後の大会に懸ける思いの強さは自分自身が感じていたので。無理してでも最後までやりきろうと思っていました」
だが準決勝で国士舘大に敗れて、連覇の夢は散った。およそ1週間におよぶ大会の最終日は近畿大との3位決定戦。これが正真正銘の、学生生活最後の試合となった。
「もちろん勝つことを考えていましたが、最後の試合なのでチームの全員が楽しめるように戦えればと思っていました」
3位決定戦は第2セットを奪い返したものの、近畿大の勢いに後手に回る展開が続き、セットカウント1-2から第4セットもリードを許して終盤へ。
「点差が開いていたので、『これで終わりなんだ』と思いながらプレーしていました」
そして逆転することは叶わず、試合終了のホイッスルを聞いた。
「楽しめるように、と思いながらプレーしていましたが、やはり負けた悔しさはありましたし、前日まで壮絶な試合が続いていました。疲労感と、その辛さからの解放感でいっぱいでしたね」
【タフな1年の締めくくりは世界クラブ選手権】
目標には届かなかったが、最後までしっかりと戦うことはできた。その思いで胸が満たされたとき、涙が溢れた。専修大の深緑のユニフォームとは、こうして別れを告げた。
それが昨年12月7日の出来事だ。そこから1週間と経たずに、甲斐はブラジルへ飛んだ。今度は大阪Bの一員として、世界クラブ選手権大会を戦うためである。
甲斐の2025年は、最後の最後まで、実にタフだった。
(つづく)
後編を読む >>> ロサンゼルス五輪には「エースで出場したい」 甲斐優斗はプレーと感情表現の向上を目指す
甲斐優斗(かい・まさと)
2003年9月25日生まれ、宮崎県延岡市出身。小学2年生から父が監督を務めていたクラブでバレーボールを始め、日南振徳高を経て、2022年に専修大学へ。同年に日本代表に登録され、2023年のネーションズリーグ、2024年のパリ五輪、2025年の世界選手権に出場した。パリ五輪の前にはフランスのパリ・バレーで研鑽を積み、2025年1月には大阪ブルテオンに特別指定選手として加入、同年7月には正式入団(内定)が発表された。身長200センチの若きアウトサイドヒッターには、大きな期待が寄せられている。