【ミラノ=松本航】ミラノ・コルティナ五輪(オリンピック)フィギュアスケートの団体表彰式で選手が履いていたスケート靴のブレ…

【ミラノ=松本航】ミラノ・コルティナ五輪(オリンピック)フィギュアスケートの団体表彰式で選手が履いていたスケート靴のブレード(刃)の刃こぼれが起きた問題で、2大会連続銀メダルを獲得した日本代表選手の対応にあたった日下匡力(ただお)コーチ(46)が14日(日本時間15日)に状態を明かした。

この日の男子フリーに向けて、会場ではミラノ・アイススケートアリーナでは公式練習が行われた。佐藤駿(エームサービス/明治大)が積極的休養で参加しないため、担当の日下コーチがその旨を説明した流れで、刃こぼれ問題に報道陣の質問が及んだ。

日本は団体表彰式一夜明けの9日午前、専門の工房でのリペアを段取り。研磨のスペシャリストである日下コーチが、団体を終えて帰国となるアイスダンスの吉田唄菜、森田真沙也組以外の5選手(鍵山優真、佐藤、坂本花織、三浦璃来、木原龍一)分を担当した。

日下コーチは「何かあった時用に持っている砥石(といし)がある。(日本の専門店が)使っている砥石は、全部僕が作った砥石。砥石を研ぐダイヤモンドドレッサーも自分が作ったもの。だから全く問題がなかったです」と振り返った。日常的に使っている機械がある工房に、団体の後は睡眠2時間で出向き、約2時間で作業を終えた。

砥石は20年前に製作し、試作を重ねて、最終的には10年前に完成したという。コーチングはもちろん、靴のメンテナンスのスペシャリストは「今の日本の主流の砥石は、僕の砥石です。世界でも売っています」とユーモアたっぷりに説明した。

25年12月に佐藤が五輪初代表を決めてから、日本スケート連盟の竹内洋輔強化部長に用具面でのサポート依頼を受けた。02年ソルトレークシティー五輪代表の竹内強化部長は同い年。小学生のころから遊んできた親友で、競技面では日下コーチが「いつか、ああいうふうになりたい」と背中を追った存在だった。

今大会は佐藤が出場する男子はもちろん、最終種目の女子が終了するまでミラノに残って、選手たちを支える。

◆ブレード スケート靴に装着する金属の刃で、氷との接地面にあたる部分はエッジと呼ばれる。フィギュアの場合はつま先にギザギザとした部分(トーピック)があり、トーループ、フリップ、ルッツを跳ぶ際に用いられる。ブレードを研ぎ、小さな溝を整えるのが研磨。

◆日下匡力(くさか・ただお)1980年(昭55)1月27日、神奈川・藤沢市生まれ。3歳の頃に埼玉・三郷市に引っ越す。小学1年生でスケートを始め、3年生のころに「新松戸DLLアカデミー」で本格的な指導を受ける。東京・錦城学園高を経て日大。日大時代に全日本選手権へ2度出場。卒業後、恩師の浅野敬子コーチの下で指導者として活動開始。18年から父の転勤で埼玉へ引っ越してきた佐藤駿を指導。教え子の佐藤は19年ジュニアグランプリ(GP)ファイナル優勝。24、25年GPファイナル銅メダル。24年4大陸選手権銀メダル、23年銅メダル。ミラノ・コルティナ五輪団体銀メダル。

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大阪体育大でラグビー部。13年に日刊スポーツ大阪本社へ入社。2年間はプロ野球の阪神タイガース担当、以降は五輪競技やラグビーを主に取材。21年11月に東京本社へ異動。五輪取材は18年平昌、21年東京、22年北京、24年パリに続き、ミラノ・コルティナ大会で5大会目。ラグビーW杯は19年日本、23年フランス大会で日本代表の全9試合を現地取材。185センチ、100キロ。