強くなって、戻ってこい-。阪神は12日、前日の紅白戦で緊急降板した石井大智投手(28)が大阪府内の病院を受診し、左アキレ…
強くなって、戻ってこい-。阪神は12日、前日の紅白戦で緊急降板した石井大智投手(28)が大阪府内の病院を受診し、左アキレス腱(けん)損傷と診断されたことを発表した。
3月に行われるWBCの日本代表に選出されていたが、出場辞退する旨をNPBへ申し入れた。虎の「ミスターゼロ」はシーズン開幕も絶望。藤川球児監督(45)は涙を流し「また、復活する時をね…」と再起を望んだ。
◇ ◇ ◇
▽藤川球児監督の涙
★プロ初勝利 右肩のコンディション不良などもあり、3年間未勝利だった。背水の4年目、ようやく報われたのは02年9月11日のヤクルト戦(神宮)。先発でいきなり真中満に先頭弾を浴びたがその後は踏ん張り、8回を1安打1失点7奪三振に抑えた。9回にアリアスの1発が飛び出し、プロ初勝利を手にした。「長かったです。ずっとチームに迷惑をかけてきましたから」。星野仙一監督に熱く抱擁され、ウイニングボールを手に大粒の涙を流した。
★岡田監督の終戦 08年10月20日、1勝1敗で迎えたCS第1ステージ第3戦。岩田-吉見の投手戦は0-0で進み、9回から藤川が登板した。グラブには04年、当時横浜のT・ウッズに1発を浴びた反省をもとに「本塁打厳禁」の刺しゅう。その後4年間、被弾0でこの日を迎えた。2死三塁で中日に移籍していたT・ウッズと対戦。150キロの真っすぐを京セラドーム大阪の左中間席に運ばれ、チームは終戦した。その年限りでの退任が決まっていた岡田彰布監督は「最後がお前でよかったよ」と涙。藤川も「申し訳ありません」と涙が止まらなかった。
★矢野の引退試合 矢野の引退試合の予定だった11年9月30日の横浜戦。優勝争いしていた阪神はリードしていれば、9回2死から矢野燿大にマスクをかぶらせる予定だった。展開はシナリオ通りに進み、2点リードで迎えた9回、藤川が矢野の登場曲に乗ってマウンドへ。だが力が入ってしまい、先頭から連続四球で無死一、二塁。続く村田修一に149キロの直球を甲子園の左中間席に運ばれる逆転3ランを浴びた。矢野の出場はかなわず、敗れた阪神は優勝マジックも消滅。藤川は「矢野さんに申し訳ない…」と泣いた。それでも矢野は「これまで球児にどれだけいい思いをさせてもらったか。どれだけ幸せをもらえたか。誰も文句を言うわけがないやん」と一言も責めなかった。試合後、藤川は矢野の自宅に出向いて再び謝罪。矢野はその時に流した藤川の涙が忘れられないと感謝していた。
★故郷高知でVパレード 25年11月10日、阪神の「優勝記念パレード」が藤川監督の地元、高知市内で開催された。藤川監督はパレード出発地点であいさつのマイクを握ったが、下を向いて言葉が出てこなかった。一緒に参加していた石井大智にあいさつの順番を譲った指揮官の目は、真っ赤だった。「高知県は疲れた自分の羽を休める、新しく復活させてくれるところなんです。疲れきった私をまた働かせて、行ってこい、と押してくれる。(商店街の)アーケードの中で遊んでた自分が、恩返しができるようになった。45歳でね。本当に感慨深いものがありました」。リーグ優勝でも見せなかった涙には、特別な思いがこもっていた。