強くなって、戻ってこい-。阪神は12日、前日の紅白戦で緊急降板した石井大智投手(28)が大阪府内の病院を受診し、左アキレ…

強くなって、戻ってこい-。阪神は12日、前日の紅白戦で緊急降板した石井大智投手(28)が大阪府内の病院を受診し、左アキレス腱(けん)損傷と診断されたことを発表した。

3月に行われるWBCの日本代表に選出されていたが、出場辞退する旨をNPBへ申し入れた。虎の「ミスターゼロ」はシーズン開幕も絶望。藤川球児監督(45)は涙を流し「また、復活する時をね…」と再起を望んだ。

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感情を抑えることができなかった。藤川監督は下を向き、はなをすする。赤くなった目からは涙がこぼれていた。午後の個別練習を視察したのち、報道陣の囲み取材に対応。質問に応じるなか、約1分間の沈黙を挟みながら言葉を絞り出した。

藤川監督 素晴らしいアスリートですから。また、復活する時をね…。

この日、球団は前日の紅白戦で緊急降板した石井が大阪府内の病院を受診し、左アキレス腱(けん)損傷と診断されたと発表。12日に帰阪し、WBC日本代表に選出されていたが、石井サイドから出場辞退する旨をNPBへ申し入れた。実直で真面目な右腕にとってはあまりに残酷な現実だった。指揮官も涙を流さずにはいられなかった。

藤川監督 ギリギリの自分の体の力を最大限発揮して普段からプレーしていますから。ギリギリまでやっているので普段から健康を祈ると言っているんですけど、これはもう彼の人生の中で少し止まってね。さらに強くなって帰ってくるというところですね。

藤川監督も現役時代は故障に苦しんだ。06、09年のWBCでは内転筋を痛めた状態で出場。13年6月には右ひじのトミー・ジョン手術を受け、現役引退した20年も右肩コンディション不良で2軍調整が続いた。故障のつらさを知っているからこそ、石井の心中が分かる。「無念というか、突然来ますからね」。日常的に体を追い込み、ギリギリでプレーするからこそ「素晴らしいプレーを届けられる」ことを熟知している。

石井は昨季、50試合連続無失点のプロ野球記録を樹立してブレーク。53試合に登板し防御率0・17という驚異的な数字を残した。連続無失点記録は継続中だが、藤川監督は「リハビリからスタートしてしまうことになる」と開幕は絶望。「選手はそれぞれギリギリのところで挑戦しているということを分かっていただければありがたいかな、と」。指揮官の涙も、そう訴えていた。【只松憲】

▽藤川球児監督の涙

★プロ初勝利 右肩のコンディション不良などもあり、3年間未勝利だった。背水の4年目、ようやく報われたのは02年9月11日のヤクルト戦(神宮)。先発でいきなり真中満に先頭弾を浴びたがその後は踏ん張り、8回を1安打1失点7奪三振に抑えた。9回にアリアスの1発が飛び出し、プロ初勝利を手にした。「長かったです。ずっとチームに迷惑をかけてきましたから」。星野仙一監督に熱く抱擁され、ウイニングボールを手に大粒の涙を流した。

★岡田監督の終戦 08年10月20日、1勝1敗で迎えたCS第1ステージ第3戦。岩田-吉見の投手戦は0-0で進み、9回から藤川が登板した。グラブには04年、当時横浜のT・ウッズに1発を浴びた反省をもとに「本塁打厳禁」の刺しゅう。その後4年間、被弾0でこの日を迎えた。2死三塁で中日に移籍していたT・ウッズと対戦。150キロの真っすぐを京セラドーム大阪の左中間席に運ばれ、チームは終戦した。その年限りでの退任が決まっていた岡田彰布監督は「最後がお前でよかったよ」と涙。藤川も「申し訳ありません」と涙が止まらなかった。

★矢野の引退試合 矢野の引退試合の予定だった11年9月30日の横浜戦。優勝争いしていた阪神はリードしていれば、9回2死から矢野燿大にマスクをかぶらせる予定だった。展開はシナリオ通りに進み、2点リードで迎えた9回、藤川が矢野の登場曲に乗ってマウンドへ。だが力が入ってしまい、先頭から連続四球で無死一、二塁。続く村田修一に149キロの直球を甲子園の左中間席に運ばれる逆転3ランを浴びた。矢野の出場はかなわず、敗れた阪神は優勝マジックも消滅。藤川は「矢野さんに申し訳ない…」と泣いた。それでも矢野は「これまで球児にどれだけいい思いをさせてもらったか。どれだけ幸せをもらえたか。誰も文句を言うわけがないやん」と一言も責めなかった。試合後、藤川は矢野の自宅に出向いて再び謝罪。矢野はその時に流した藤川の涙が忘れられないと感謝していた。

★故郷高知でVパレード 25年11月10日、阪神の「優勝記念パレード」が藤川監督の地元、高知市内で開催された。藤川監督はパレード出発地点であいさつのマイクを握ったが、下を向いて言葉が出てこなかった。一緒に参加していた石井大智にあいさつの順番を譲った指揮官の目は、真っ赤だった。「高知県は疲れた自分の羽を休める、新しく復活させてくれるところなんです。疲れきった私をまた働かせて、行ってこい、と押してくれる。(商店街の)アーケードの中で遊んでた自分が、恩返しができるようになった。45歳でね。本当に感慨深いものがありました」。リーグ優勝でも見せなかった涙には、特別な思いがこもっていた。