◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード・ハーフパイプ(11日・リビーニョ・スノーパーク) 男子予選が行われ、2022年…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード・ハーフパイプ(11日・リビーニョ・スノーパーク)
男子予選が行われ、2022年北京五輪金メダルで1月の大けがから復帰した平野歩夢(27)=TOKIOインカラミ=が2回目に85・50点を出し、7位で上位12人の13日(日本時間14日)の決勝に進んだ。右の骨盤、鼻骨など複数箇所の骨折や打撲で痛みを抱えながら「無」の境地で予選2本を完遂。自ら「奇跡的」と表現した復活の滑りで、連覇に望みをつないだ。日本勢は、2位の戸塚優斗(24)=ヨネックス=ら4人全員が決勝に進出した。
奇跡とも言える王者のカムバックに、雪がちらつく夜の予選会場が熱気に包まれた。1月17日のW杯での転倒から、わずか25日。骨盤の右腸骨や鼻骨を折る大けがを負いながらも予選を7位で通過。「この場に立てたことは奇跡的で、自分でもびっくりしている。ギリギリの状態。痛みも覚悟しながら、何とか決められて良かった」。会場にいた五輪3度の金メダルで、かつてのライバル、ショーン・ホワイト氏(米国)と抱擁すると安堵(あんど)の笑みを浮かべた。
ホワイト氏から「楽しんで」と背中を押され、「楽しむ努力をした」(平野歩)とスタートラインに立った。いつものようにイヤホンで音楽を流しながら「いろんなことを無にしないといけない。声援もかき消す集中に落とし込んだ」。静かに集中力を高め、足の指先まで感覚を研ぎ澄ませた。技の高さは5メートルに届かず、負傷前に描いたルーチン(技の構成)は披露できない。それでも、1回目から、横4回転技などを丁寧につなぎ、大きなミスはなし。「けがや五輪のことを考えると、普段の自分とずれが出る」と、無の境地で戦い抜いた。
1月に大けがを負った直後は「終わった」と一度は諦めかけた。一時帰国した際は、松葉づえがないと歩けないほどだったが、「自分の限界値を超える」と歩んできた4年間を思い起こした。これまで以上に競技と向き合い、地元の新潟・村上市の練習施設で技を磨き、ミラノ五輪を目指してきた。「1%でも可能性があるなら…。悔いなく最後までやり切りたい」と、覚悟を決めて決戦の地に入った。
左膝は「いまだに感覚がない」ほど重度の打撲だが、冬季五輪の個人種目では日本人2人目の連覇を諦めてはいない。北京五輪では当時、世界最高難度の「トリプルコーク1440」がカギを握った。負傷前には、ミラノ大会での新技投入も示唆していた。決勝の構成への言及を避けたが「自分のベストをやり切る。ここまで来た以上は、積み上げてきた4年間の時間を信じてやる」と腹をくくった。平野歩が強い気持ちで逆境をはねのけ、再び頂に立つ。(宮下 京香)
◆歩夢に聞く
―けがから25日。
「けが明けがいきなり五輪で思い通りにはいっていない。予選が通過できるか、大事な場面だった」
―楽しめたか。
「滑っている側は楽しみづらい。今はけがの怖さなど向き合うことが多くあるので、楽しむより楽しむ努力をしている」
―2回目も滑った。
「展開がどうなるか読めなかった。あとは(決勝の)滑走順を後ろにしたかった。このけがの状態ではいい滑りができたと思う」
―決勝へ。
「悔いのない滑りを最後までできれば。それが一番、自分の思いとしては強い」
◆平野歩の負傷 1月17日のW杯(スイス・ラークス)の決勝1回目、3発目のトリックにバランスを崩し、板の先端が折れ曲がるほどの転倒。顔と下半身を強打して口や鼻からは血がしたたり落ちた。2回目を棄権。車いすで一時帰国し、診断で複数箇所の骨折や打撲と判明。五輪に向けて国内で段階的に練習を再開後、現地入り。2月6日の開会式は参加しなかったが、7日に本番会場のテスト滑走。11日(日本時間12日)の予選は7位で通過した。
◆平野歩の22年北京五輪金メダル ハーフパイプ予選を首位で通過すると、決勝1本目で五輪史上初となるトリプルコーク1440を成功しながら転倒して9位。2本目は、再度トリプルコーク1440を含めた高いエアを見せて、2位浮上。最終3本目は96・00点という高得点で金メダルが決まった。