カーリング女子日本フォルティウスを応援するタレントなすび(50)が、メンバー5人の魅力を紹介する。22年から応援し、昨年…

カーリング女子日本フォルティウスを応援するタレントなすび(50)が、メンバー5人の魅力を紹介する。22年から応援し、昨年12月にカナダ・ケロウナで行われた五輪最終予選を現地観戦。12日、ミラノ・コルティナ五輪のカーリング女子が開幕を迎え「あくまでファン目線。個人の感想です」と前置きしつつ、5人について熱く語った。

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フォルティウスとの出会いは4年前、偶然だった。コロナ禍でテレビをザッピングしていると、ある特集が目に留まった。「逆境をはねのける姿を見て応援したくなりました。僕も逆境をはねのけてきた人生なので、共感してしまって」。チームが再始動した時期の苦悩を描いた番組だった。21年9月の代表決定戦でロコ・ソラーレに2連勝してから3連敗し、22年北京五輪出場を逃した。2カ月後にはメインスポンサーとの契約が終了。看板を失い、悩みながらもチームは存続した。裸一貫で“監禁”されながら懸賞当選品で生活したりエベレスト登頂に3度も失敗し苦しい時期を送った自らと重なった。

そこから熱中した。22年12月の軽井沢国際選手権で現地初観戦。自身もプレーして大会に参加するほどのめり込んだ。昨年3月に韓国での世界選手権、12月にはカナダでの五輪最終予選へ足を運んだ。五輪切符獲得を目にして「奇跡の瞬間でした。感動的な一瞬に、生で立ち会えたのは本当に光栄」と喜んだ。スケジュールの都合で、五輪には行けない。目標の金メダルに向け「愚直に信じてまい進して、絶対に勝ち取ってもらいたい。『エンジョイカーリング』を体現してほしい」と後押しした。

◆吉村紗也香「母は強し」

クール&ビューティーなイメージですが、気さくな一面も持っています。僕もカーリングをプレーするのですが、一緒に練習させてもらったことがあるんです。23年12月に第1子を出産されて競技に戻るとき、船山弓枝コーチと一緒に練習しているところにお邪魔させてもらいました。北海道妹背牛町のカーリング場で「ぜひ試合しましょう」みたいな感じでした。混合ダブルスで「吉村+なすび」「船山+チームスタッフ」と混合ダブルスでチームを組んで対戦しました。産休明けから復帰しようと、気持ちの強さも感じました。

◆小谷優奈「期待の星」

チームの新しい力になると熱望されて、22年9月に5人の中で最後に加入しました。吉村さんの産休中はスキップを務めて経験を積みました。今は本職はセカンドですが、昨年の最終予選でメンバーが変わったときにはサードを務めたり、柔軟性があってユーティリティープレーヤーのイメージです。強心臓で、ピンチでも表情に出ないのも強みです。他の4人は北海道生まれですが、唯一の神奈川出身。北海道、長野が中心の競技で、他の選手とは違う環境で育ちました。競技の裾野を広げる役割も担うのではないかと思います。

◆小野寺佳歩「筋肉担当」 男子SC軽井沢クの山口剛史さんたちと一緒に「筋肉部」としてトレーニングしてパワーがすごい。まさに鋼の肉体。初めて会ったとき、僕より二の腕が太くてビックリ。下手したら僕の太ももくらいあった。カーリング選手はこんなに体を鍛えているのかと驚かされました。テレビなど取材の受け答えを見ると真面目なイメージですが、裏ではおちゃめな一面も見せているようです。会話の中に面白ワードを盛り込んだり、ユーモアのセンスがあって、ムードメーカー的な感じ。お父さんはロコ・ソラーレコーチの亮二さんです。

◆近江谷杏菜「広報隊長」

10年バンクーバー五輪に「チーム青森」の一員として出場して以来16年ぶりに五輪に戻ってきました。チーム最年長ですが、トレーニングの様子などをチームや個人のSNSで一番発信しています。食生活も一番気にしているようで「プラントベース」を実践しています。肉など動物性のものを食べず、植物由来の食材を中心に生活していて、競技者としてのストイックさを感じます。父好幸さんは98年長野大会の五輪代表です。親子2代で五輪に出場して、カーリングのレジェンドというか歴史と伝統を感じさせる選手です。

◆小林未奈「元気印」

21年12月に加入した時はまだ学生でした。そのあとから僕はチームを見始めたのですが、本当に初々しい感じでした。4年がたって、最終予選で2試合に出場して活躍していて、本当にたくましくなったと感じました。上から目線かもしれませんが…。初々しさも残しつつ、選手としての顔が変わってきた印象です。チーム全体が笑顔を絶やしませんが、その中でも一番笑顔を見せています。最年少で言葉数は少ないイメージもありますが、実はチーム内で一番落ち着いた雰囲気も感じられて、しっかり者の末っ子という感じです。

◆なすび 1975年(昭50)8月3日、福島県生まれ。芸名はナスのような約30センチの長い顔から。日本テレビ系「進ぬ!電波少年」で98年から1年3カ月「懸賞生活」を送って注目された。俳優・タレント活動とともに、東日本大震災など被災地支援やボランティア活動に注力。22年からカーリングに熱中し、大会にも出場する。血液型O。