カーリング女子日本代表フォルティウスの挑戦(前編)初めてオリンピックの舞台に立つフォルティウスの吉村紗也香 カーリング女…
カーリング女子日本代表
フォルティウスの挑戦(前編)
初めてオリンピックの舞台に立つフォルティウスの吉村紗也香
カーリング女子日本代表(フォルティウス)の吉村紗也香が初めて五輪を意識したのは、17年前だという。常呂高校在学時の2009年秋、バンクーバー五輪に向けたトライアルに出場。17歳だった。
しかし、当時のカーリング界は、現在のチームメイトである近江谷杏菜も所属していたチーム青森の一強状態で、常呂高校は善戦したものの、大舞台には届かなかった。
その後、吉村は札幌国際大学に進学。同大学氷上部カーリングチームは今や男女合わせて20名近い大所帯となっているが、その部員第一号だったのが、吉村だった。
石垣真央(現GRANDIR)らとともに、吉村は大学在籍4年間で日本ジュニア選手権3連覇、パシフィック・アジアジュニア選手権3連覇を果たし、2013年には世界ジュニア選手権で当時の日本最高成績となる銅メダルを獲得。輝かしい成績を収めた。
ただ、再び挑んだ五輪トライアル(ソチ五輪日本代表決定戦)では勝つことができなかった。混戦を制してソチ五輪の舞台に立ったのは、常呂高校時代のチームメイトで現在も一緒に戦う小野寺佳歩、船山弓枝コーチ、そして小笠原歩ナショナルコーチらが所属していた北海道銀行フォルティウス(当時)だった。
大学卒業後、吉村はその北海道銀行フォルティウスに入団して五輪出場を目指した。だが、続く平昌五輪に向けては直近の日本選手権で結果を残すことができず、3度目の挑戦はトライアルにさえたどり着けなかった。
その後、自身がスキップとなってリスタートした北京五輪への道のりでは、2021年の日本選手権を制覇。平昌五輪銅メダルのロコ・ソラーレとの代表決定戦まで駒を進めた。北海道銀行フォルティウスが2連勝し、五輪銅メダルチームを相手に王手をかけたが、そこから背水の陣を敷いてきたロコ・ソラーレに3連敗。あと一歩というところで、五輪出場への道が途絶えた。
吉村にとって、五輪は遠かった。
その間、たとえばソチ五輪では「悔しくてテレビ中継を見たくない気持ちもあった」と吉村は明かす。逆に、平昌五輪では「オリンピックという舞台がどんなものか、自分で感じたい」と会場に足を運んだ。その際、「悔しい気持ちと、ここに立ちたいという強い気持ちと、両方を確認できました」と、彼女はのちに振り返っている。
4度目の挑戦のあとは、所属チームであり、メインスポンサーでもある北海道銀行との契約が切れた。吉村は所属メンバーの船山、近江谷、小野寺とともに、松井浩二トレーナーのスタジオに集って、何度も今後についての話し合いを重ねた。
北京五輪出場も、スポンサーもなくなってしまったが、熱意と技術のある選手がそろっている。それぞれが抱えた悔しさをエネルギーにして、チームとしてまだ成長できる確信が吉村にはあった。あらためて世界を目指すことを決めた吉村らは、時に松井トレーナーとともにカーリングに興味を持つ企業に同行。サポートをお願いして回り、なんとかチームは存続した。
さらに、2021年に小林未奈、翌2022年には小谷優奈と新メンバーを迎え入れ、船山はコーチに専念。そんななか、吉村は出産のために一時休養するなど、私生活での変化もあった。
「またイチから......というか、ゼロからだったかもしれません。スポンサーへのお願いとか、新しいメンバーを加えてのチーム作りであるとか、(ミラノ・コルティナ五輪に向けての4年は)そういう4年間だったので、(その間に)カーリングに対する姿勢だとか、もう1回いろんなことを見直すことができました」
とはいえ、その4年間も決して安泰ではなかった。むしろ、逆境にあったと言っていい期間だった。
2021年には、パシフィック・アジア選手権で優勝を果たして日本の世界選手権出場枠を獲得しながら、代表選考会で中部電力に競り負けて代表の権利を奪われた。日本選手権においては、2022年がプレーオフ初戦で敗退し、2023年は本大会の出場さえ逃した。2024年も2次予選リーグで姿を消した。
悔しい思いは何度もした。だが、吉村は下を向かずにメディアの取材に対して「何があっても最後の一投を決めきれるスキップでありたい」と言い続けた。
それは、北海道銀行フォルティウス時代からメンタルコーチを担う白井一幸氏に師事すると同時に、チームビルディングや神経言語プログラミングなどの分野に明るい、森西美香氏ともメンタルトレーニングのセッションを繰り返してきたからでもある。そこでは、プレーやショットのいい時と悪い時を分析し、自身の仕草や言葉使いなどを整理。そのなかで、自身とチームにおける好循環を見つけ、理想に近づけていく作業を行なってきた。
ちょうどその時期、小野寺が「さや(吉村)が、自分のことをたくさん話してくれるようになりました」と言っていたことがある。そうした変化は、吉村自身も認めている。
「以前は、プレッシャーなどがあってもそれに気づかないというか、いつもどおりに振る舞おうと思っていた気がします。でも、たとえば大事なショットの前に、チームメイトに『私、今緊張しているかも』と伝えると、『それが普通だよ』とか『大丈夫、私も(緊張)してるから』とか言ってもらえて、気持ちがラクになったんです。自分がわかっていれば、緊張は決して悪いことではないと思えるようになりました」
そして、これまでの苦労や悔しさの連続を糧とし、出産を経て、メンタルトレーニングなどの成果が結実したのが、2025年2月の日本選手権優勝であり、9月の日本代表決定戦だったかもしれない。
代表決定戦では、いきなり2連敗を喫して崖っぷちに追い込まれたが、「自分が決めきれない悔しい気持ちをミーティングで吐き出して、いい切り替えになりました」と吉村。そこから粘り強さを発揮して、代表の座を勝ち取った。
五輪出場を決めた世界最終予選のノルウェー戦の朝も、吉村は「緊張してました」と言う。
「ご飯とかも全然喉を通らなくて......。とりあえず、餅を食べたからいいかと思って」
朝にコーヒーを飲むことが多いというが、それも、右手の親指と人差し指で「少し」というジェスチャーを見せながら、「これぐらいしか飲めなくて......」と吉村。
「まあでも、ちょっとくらい食べなくても死なないし。そういった気持ちが味わえるのも自分たちだけなので、それも楽しみながらやろうと」
自己分析と、いい意味での開き直りは、間違いなくこの4年間で吉村が作り上げたメンタルだ。無論、五輪への道も、ブレず、折れず、腐らずに挑戦をやめなかった彼女でしか、拓くことはできなかっただろう。
現地時間2月12日、ミラノ・コルティナ五輪ではいよいよカーリング女子のラウンドロビン(総当たりの予選リーグ)が始まる。日本の初戦の相手は、北京五輪銅メダル、平昌五輪金メダルのスウェーデンだ。
「緊張はすると思います。でもそれを『私、緊張しているな。よしよし』と思って試合をすると思います。始まってしまえば、たくさん考えることがあるから自然に集中できるんです」
人生のちょうど半分を挑戦に費やし、なかなか勝てなかったからこそ手に入れることができた武器を身につけた吉村。彼女が率いるフォルティウスの集大成に注目である。
カーリング女子日本代表が築いた揺るぎない自信「勝つイメージも、金メダルを獲るイメージもできている」