【ミラノ(イタリア)11日=富張萌黄】男子1000メートルが行われた。 第11組で会場が騒然とする出来事が起こった。ユ…

 【ミラノ(イタリア)11日=富張萌黄】男子1000メートルが行われた。

 第11組で会場が騒然とする出来事が起こった。ユップ・ベンネマルス(オランダ)と廉子文(中国)のレース。25年世界選手権同種目覇者のベンネマルスが五輪記録を上回るペースで快走していたが、ラスト1周のバックストレートで入れ替わる際に、ベンネマルクスの左足が前を滑っていた廉の足と接触した。

 スタンドの観客の約8割はオランダカラーのオレンジをまとっていた。金メダル候補と目されていた自国の選手のアクシデントに大ブーイングが響き渡った。これににより廉は失格。ベンネマルクスは再レースを行ったが、タイムは伸びず。1分7秒58で5位にとどまった。

 再レース後、ベンネマルクスは落胆した様子で取材エリアに姿を見せた。「何が起きたのか信じられなかった。僕が優先権を持っていたし、コーナーを最速で抜けてきたのも僕。あのライン、あの交差ポイントは僕のもの」と問題となった場面を怒りを覚えながら振り返った。

 接触は2度ほどあったといい、ブレード(刃)は破損した。「走り続けなきゃ」と必死にゴールを目指したが、5位にとどまるタイム。「メダルは確実だった。100%だ」と接触がなければメダルに届くタイムが予想されただけに、悔しさがにじんだ。

 再レースは1本目の約20分後。当然、同走の選手はおらず終始自身に風が当たり続けながら2度目の1000メートルを滑りきった。タイムは伸びなかったが、大勢のオランダファン、この日のレースを見守った他国のファンからも暖かい拍手が送られた。

 廉からはこのことについて直接謝罪を受けた。だが、「何の足しにもならない。少なくとも銅メダルは僕のものだった。2日後にはみんな忘れて、僕はただの5位の選手。本当に辛い」と悲しさはぬぐえなかった。「泣きたいのに涙も出ない」と話し取材エリアを後にした。ベンネマルスは今大会で500メートルと1500メートルにも出場する。

 ベンネマルスの父・エルベンもまた、98年長野五輪でレース中の接触で負傷し記録を残せなかった悲劇の人だが、3度目の五輪で挑んだ06年トリノ五輪では男子1000m、団体追い抜きでともに銅メダルを獲得した。