<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場 【プ…
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場
【プレダッツォ9日=保坂果那】初出場の二階堂蓮(24=日本ビール)が101メートル、106・5メートルを飛んで、合計266・0点で銅メダルを獲得した。デシュバンデン(スイス)と同点3位だった。五輪での同点メダルは、80年レークプラシッド大会以来2度目。91年世界選手権代表の父学さん(59)と親子鷹で歩んだジャンプ人生。父が立てなかった五輪舞台で親孝行を果たした。
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2人の銅メダリストの1人となった二階堂は、デシュバンデンと肩を組んで同時に表彰台に立った。日の丸とスイス国旗も一緒に掲揚された。最後に4人そろって同じ台に乗ると、体格の良い他国選手と狭そうに並んだ。「いやもう最高っすね。楽しいです」。初めての五輪を大満喫している。
「メダル取ったしょ」。1回目6位から、2回目106・5メートルの大ジャンプ。着地も決まり、力強いガッツポーズを繰り返した。確信した。「超えられるものなら、超えてみろって感じで待っていた」と、残る5人の飛躍を見守った。
親子で喜びの熱いハグをかわした。「わが子だけど、男同士でめちゃくちゃうれしかった」と笑顔があふれた父学さんは、二階堂の出身の下川商高のある北海道下川町の応援団として、現地に駆けつけた。二階堂が旅費などを負担して招待した。「オリンピックでは絶対に父さんにメダルを見せるぞっていうのを思ってきていたので、ちゃんとメダルを取れて良かった」。学さんが出場した91年世界選手権と同じ会場で、五輪の最高の景色を見せた。
映画「スパイダーマン」にあこがれて、バック転ができるようになりたくて始めた器械体操では、指導者から「100年に1人」と言われる運動神経を発揮。続けていれば夏季五輪も夢ではなかったかもしれないが、選んだのは父と同じジャンプの道だった。小中学時代は下校後は毎日学さんのもとトレーニング。走り込みが終わらないと夕飯が始まらなかった。「スパルタだった」と振り返る。どんなに怒られても、泣きながら歯を食いしばり、続けた。強くなるために。
高校3年でW杯デビューを果たしたが、実業団からは声がかからず。進学した東海大でも学業との両立に悩み、1年で退学。田植えや草刈り、ライブ設営のバイトで資金を集めて競技を続けた。「働いて稼ぐってこういうことなんだな」と紆余(うよ)曲折をへて、今がある。
今季W杯初勝利を挙げるなど、一気に台頭。W杯個人総合3位で乗り込んだ実力を大舞台でも見せつけた。「1本目も2本目もほぼ完璧なジャンプをして、金メダルを取らないと」。父子での挑戦はまだ続く。【保坂果那】