パリ五輪柔道女子48キロ級金メダルの角田夏実は1月30日、千葉県内で引退会見を開いた。その冒頭、現役生活をこう振り返っ…

 パリ五輪柔道女子48キロ級金メダルの角田夏実は1月30日、千葉県内で引退会見を開いた。その冒頭、現役生活をこう振り返った。

 「何度もやめたいと思ったし、あきらめたくなることもたくさんあった」

 高校3年時に全国高校総体準々決勝で敗れ、卒業後は柔道をやめて専門学校に進むことを検討した。社会人2年目は解雇の危機もあった。2020年に東京五輪代表選考から漏れたあとも、現役続行を悩んだ。

 「結果が出ない時は、違う人生もあるかなと、色々と考え、その都度悩んでいた」

 角田はほかの有力選手と違い、ジュニア期から結果を出してきたエリートではない。柔道を続けることが当然ではなく、また容易ではないからこそ、岐路は常にあった。

 そして周囲がヤキモキするほど角田の悩みの時間は長く、決断までに時間をかける。だが、深い自問自答を経たからこそ、決断すれば競技に没頭してきた。

 ともえ投げと寝技を中心とした独自の技術体系は並大抵の努力ではたどり着けない高みに達した。現役最後の4年間はまさに無敵のパフォーマンスで、パリ五輪の頂点に立った。

 今回の現役引退の決断も、パリ五輪後からずっと悩んでいた。

 昨年12月、東京体育館であった国際大会「グランドスラム東京」の会場で彼女の口から、引退への思いを聞いた。その後、複数の関係者から引退に向けた手続きや会見の準備を進めていることを確認し、私は「角田、引退へ」と報じた。

 だが、このタイミングは最終決断への迷いのプロセスの中だった。

 「報道が出た時に、私の中では引退したいなという気持ちがあったが、まだ実感が湧いていなかった。報道後に色んな方からお疲れ様という言葉を頂いた時に、すごく悲しくて寂しい気持ちがあった」と明かした。大切な決断に水を差す形になったことを申し訳なく思う。

 「本当に第一線を退いていいのか」と見つめ直す1カ月半の時間を経て、この日の会見に臨んだ。東京体育館で話した時と違い、晴れやかな表情を浮かべていた。新たな道も力強く歩むことを確信できた。

 会見後、ともえ投げを受ける機会をもらった。組み合った角田の姿が一瞬で視界から消え、気がつけば宙を舞っていた。信じられない切れ味。この技をもう見ることができないのかと、角田引退の実感が押し寄せた。(スポーツ部・塩谷耕吾)

 しおや・こうご 1979年、埼玉県生まれ。講道館柔道3段。早大柔道部では副将として2部降格を味わう。スポーツ報知から2016年に入社し、柔道などを担当。パリ五輪混合団体決勝で見た角田のともえ投げが、私の中のベスト一本。