<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場前回の…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):ジャンプ>◇9日◇男子個人ノーマルヒル決勝◇プレダッツォ・ジャンプ競技場

前回の22年北京五輪金メダルの小林陵侑(29=チームROY)は8位に終わり、2大会連続のメダル獲得はならなかった。

3人が出場した日本勢では、初出場で銅メダルの二階堂蓮(24=日本ビール)に次ぐ8位。

ジャンプ競技がノーマルヒルとラージヒルの2種目になった1964年インスブルック大会以降、ノーマルヒルで史上初の2連覇を目指したが、かなわなかった。

挑戦を続けた4年間だった。北京五輪後、同シーズンで3季ぶり2度目となるW杯個人総合覇者に輝いた。23年3月をもって土屋ホームを退社して独立。プロとしての道を歩み始めた。23-24年の年末年始のジャンプ週間で3度目の総合優勝。同シーズン後のオフの24年4月、アイスランドに特設した巨大ジャンプ台で世界最長”に挑戦。非公認ながら291メートルの大飛躍を見せた。

北京五輪ではノーマルヒル金、ラージヒル銀。3個目のメダルをとれば、日本勢では船木和喜(98年長野個人ラージヒル&団体金、個人ノーマルヒル銀)、原田雅彦(94年リレハンメル団体銀、98年長野個人ラージヒル銅、団体金)、葛西紀明(94年リレハンメル団体銀、14年ソチ個人ラージヒル銀、団体銅)に並ぶところだった。

◆小林陵侑(こばやし・りょうゆう)1996年(平8)11月8日生まれ、岩手・八幡平市出身。松尾中-盛岡中央高を経て15年に土屋ホーム入り。初出場の18年平昌五輪ノーマルヒル7位。同年11月のW杯で初優勝し、ジャンプ週間で史上3人目の4戦全勝を達成。同シーズンは13勝を挙げ、日本人初のW杯個人総合制覇。21-22年に2度目の制覇を達成する。ジャンプ週間は18-19年、21-22年、23-24年の3度総合優勝。家族は両親と兄、姉、弟。きょうだい全員ジャンプ選手。