<米国男子ゴルフツアー:フェニックス・オープン>◇最終日◇7日◇アリゾナ州スコッツデール、TPCスコッツデール(7261…
<米国男子ゴルフツアー:フェニックス・オープン>◇最終日◇7日◇アリゾナ州スコッツデール、TPCスコッツデール(7261ヤード、パー71)
松山英樹(33=LEXUS)が、連覇した16、17年に続き、大会3勝目、米男子ツアー(PGA)通算12勝目を挙げた。4人が並んだ2位と1打差の首位から出て逃げ切り。昨年1月のザ・セントリー以来、1年ぶりの優勝を飾った。スタート時点の2位には、ニコライ・ホイゴール(デンマーク)、マーベリック・マクニーリー(米国)、金施佑(韓国)の他に、本格参戦3シーズン目で米ツアー初優勝を狙った久常涼(23)もいた。その中で、混戦を抜け出す勝負強さを見せつけた。
序盤、ティーショットは不安定だったが、ショット、パットが好調で、4番はチップインバーディー、5番は6メートルのパーパットを沈めた。7番でも7.6メートルのパットを沈めてバーディー。ここで単独首位に立った。前半を2バーディー、ノーボギーで折り返した。
後半もティーショットに苦しんだ。13番で1打目を右のブッシュへ。2打目の戦略をキャディーと練る最中に、木の枝がお尻に刺さるプチアクシデントに照れ笑いを浮かべるも、見事なリカバリーショットで2オンに成功。イーグルトライでカップ1メートルにつけ、結果的に難なくバーディーを取った。一時、マイケル・トルブヨルンセン(24=米国)が15番でイーグルを奪い単独首位に躍り出る。ただ松山は動じない。15番でまたしてもティーショットをカート道付近に外す中、リカバリーからバーディーを奪い、すかさず追いついた。
トルブヨルンセンが16、17番と連続ボギーで自滅する中、自身は16、17番でパーセーブするなど着実なプレーを続けた。
迎えた最終18番でもティーショットをミスしバンカーへ。ここまで2打目のリカバリーが生命線だったが、その流れさえもついに立ち消える、2打目をバンカーの縁に当ててしまい2オンに失敗。3打目でグリーンオンするもピンから7メートル以上離れたパットとなり、ボギーで16アンダーに。クリストファー・ゴッターアップ(26=米国)とのプレーオフに突入した。
同じ18番で行われたプレーオフで、またしてもティーショットが崩れる。間を嫌って1度アドレスを外し、再度挑んだショットを左に曲げる。今度はバンカーまで届かず手前の池に入れてしまい、ガックリとうなだれた。万事休す。ゴッターアップが難なくバーディーを奪い、最後の最後につかみかけていた1年ぶりの優勝がすり抜けていった。
第2ラウンド(R)終了時点では、首位の久常を1打差で追う2位だった。そこから第3Rで逆転。ティーショットは乱れ気味だったが「ここは曲がってもボールがある」と、連覇を経験している好相性のコースだけに、思い切りの良いプレーで流れをつかんでいた。その流れを最終Rも継続させた格好で、自身が持つPGAでのアジア勢最多勝利を「12」に伸ばした。
わずか数年前まで、PGAを主戦場とする日本人は松山しかいなかった。今季は、久常の他にも今大会に出場している金谷拓実、中島啓太、平田憲聖も参戦するようになった。松山の背中を追い、海外に主戦場を求める選手が、女子だけではなく、男子にも増えた。ツアーメンバーの資格を得られるだけ、日本人の選手層が厚くなったことを意味している。
ただ昨年末、インタビューに応じた際に松山は力説していた。「(他の日本人を)『怖い』と思うことはないです。やっぱり上位にいれば、負けたくないですし。自分のベストのパフォーマンスを出せれば、負けるつもりはないので、今は」。愛嬌(あいきょう)たっぷりの久常は、特にかわいがっていた1人だが「(若手の成長を)待つつもりはないです。自分は、その先に行けばいい話なので」と、初めて試合で直接的に迫られる格好となったが有言実行。日本人男子の第一人者は「その先」を行った。
昨年末に今季のプランとして「まずは早めに優勝して(4月の)マスターズに、いい状態で挑む」と語っていた。第1の目標はクリアした。その先の目標も語っていた。「やっぱり、もう1回、メジャーで勝つこと」。幸先よく2026年最初の優勝を飾った。4月に行われる今年最初のメジャー、マスターズでの5年ぶり2度目の優勝へ、弾みのつく優勝となった。
◆松山英樹(まつやま・ひでき)1992年(平4)2月25日生まれ、松山市出身。4歳でゴルフを始め、高知・明徳義塾高で全国優勝。東北福祉大2年だった11年マスターズ27位で、日本人初のローアマ獲得。同年11月の三井住友VISA太平洋マスターズでアマチュア優勝。プロ転向の13年に国内ツアー賞金王。同年秋から米ツアーに本格参戦し、14年初優勝。21年4月のマスターズで日本人男子初のメジャー優勝。五輪は21年東京大会4位、24年のパリ大会銅メダル。180センチ、90キロ。