蘇る名馬の真髄連載第33回:ヒシアケボノかつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウ…
蘇る名馬の真髄
連載第33回:ヒシアケボノ
かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。ここでは、そんな『ウマ娘』によって再び脚光を浴びている、往年の名馬たちをピックアップ。その活躍ぶりをあらためて紹介していきたい。第33回は、歴史に残る「巨漢馬」であり、スプリント界の横綱として人気を誇ったヒシアケボノを取り上げる。

1995年のスプリンターズSを完勝したヒシアケボノ
photo by Sankei Visual
『ウマ娘』にはそれぞれ詳細なプロフィールが設定されており、公式サイトを見ると、誕生日や身長、体重、スリーサイズまで記載されている。そんななか、体重欄に「超大幅増」と記されているウマ娘がいることをご存知だろうか。ヒシアケボノである。
身長は180cm。実装されたウマ娘のなかでは最も高い。性格面についても、食べるのが大好き、食べさせるのも大好きな設定となっている。
このキャラクターのモデルは、1994年〜1997年に競走生活を送った競走馬・ヒシアケボノだ。同馬の現役時代を知るファンなら、ウマ娘のサイズ設定にも納得がいくだろう。
なぜならヒシアケボノは、稀に見る巨漢馬だったからである。たとえば、同馬は1995年にGⅠスプリンターズS(中山・芝1200m)を制したが、そのときの馬体重は560kg。これは、JRA史上最高馬体重でのGⅠ勝利となっている。
1994年11月、ヒシアケボノは3歳(現2歳。※2001年度から国際化の一環として、数え年から満年齢に変更。以下同)でデビューした。最初の5戦は善戦していたものの、白星を得るまでには至らず、初勝利は4歳7月の6戦目。芝の1200m戦だった。
すると、そこから芝1200m戦で4連勝。一気にオープン入りを決めた。さらに4歳10月には、GⅡスワンS(京都・芝1400m)で重賞タイトルも獲得した。特にこのレースは内容がよく、後続を4馬身ちぎっての勝利だった。
続いて、GⅠマイルCS(京都・芝1600m)に挑戦し3着と好走。一線級の実力があることを証明し、一気に短距離戦線のニュースターとなった。
その走りとともに注目されたのが、この馬のデカさである。552kgでデビューすると、その後は少し馬体重を減らす時期もあったが、徐々にまた巨漢化。スワンSでは556kg、マイルCSでは558kgで出走した。520kg~530kgでもかなり大きな部類に入るゆえ、このサイズによる快走には多くのファンの注目を集めた。
そして、ヒシアケボノはマイルCS3着のあと、スプリンターズSに挑む。この時の馬体重は560kg。前走から2kg増やしてきた"横綱"に対し、ファンは1番人気の支持で迎えた。
レースがスタートすると、16頭立ての7番手につけたヒシアケボノ。映像越しでも、明らかにこの馬がワンサイズ大きいのがよくわかる。騎手の位置を比較しても、ライバルより一段高いところにいるように見えた。
ヒシアケボノは終始外、外を回り、ゴーサインの機会をうかがう。4コーナーを迎えていよいよ鞍上の手が動くと、雄大な馬体が一気に駆動した。鼻面につけたシャドーロールがぐっと上下し、迫力満点の走りで加速していく。
直線入口では、4、5頭が並ぶ激戦に。しかし、大外ヒシアケボノの迫力が一枚上だった。ねじ伏せるとはこのことかと言わんばかりに、重戦車のような走りで先頭に立つ。最後は、2着のビコーペガサスに1馬身4分の1差をつけて勝利した。
こうして、JRAにおける最高馬体重でのGⅠ勝利が記録されたのである。
その後はGⅠタイトルこそ獲れなかったものの、ビッグレースでたびたび上位入選を果たしたヒシアケボノ。あるときは582kgでレースに出走し、ファンを驚愕させた。
この馬の代名詞であった"巨体"は今、ウマ娘のキャラクターに受け継がれ、再度脚光を浴びている。ヒシアケボノを見ていた当時、こんな展開を誰が予想しただろうか。