◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(7日・リビーニョ・スノーパーク) 【リビーニョ(イタリア)7日=宮下京香】スノ…

◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(7日・リビーニョ・スノーパーク)

 【リビーニョ(イタリア)7日=宮下京香】スノーボード男子ビッグエア(BA)で23年世界選手権金メダルの20歳・長谷川帝勝(たいが、TOKIOインカラミ)は11位だった。同種目日本勢初の金メダルを狙ったが、届かなかった。

 21~22年シーズン後半からSS、22~23年シーズンからBAのW杯に参戦。22年北京五輪は左足首骨折の影響で出られなかったが、23年の世界選手権BAで日本人初の金メダル獲得。同年9月には世界最高難度の大技で5回転半する「1980」を世界で初めて4方向全てで成功して世界に名をとどろかせ、25年1月のXゲームBAではキャブ(利き足と逆脚を前に反対の足を前に体の前側に回るスピン)は6回転する2160を決めるなど、グングン進化を遂げてきた。

 大舞台を控える今季は、遠征などで心身共に強化を図ってきた。「練習の終盤は疲れてきますが、その中でどれだけ追い込んでやれるか」と、いつもなら昼に終わらせる練習も「今回はあえて詰めてやったり、メントレ(メンタルトレーニング)的な感じでやりました。追い込まれたときはプレッシャーもかかるので、あえてそういう時に5回転半をトライしたり」と自身と向き合いながら鍛錬。技の安定性も着実に上がり、「ある程度は仕上がってきている。あとは大会をやりつつ仕上げていきたい」と落ち着いた様子で話していた。

 ついにたどり着いた大舞台。「(五輪に)出られる立ち位置、目指せる立ち位置にいるからこそ、やらなければいけない。サポートしてくれる人、応援してくれる人の気持ちをくんで、自分が大舞台でどれだけ良いパフォーマンスをできるかっていうことを大事にしていきたい」と力強く話していたが、表彰台には届かなかった。

 ◇長谷川 帝勝(はせがわ・たいが)2005年10月23日、愛知・岩倉市生まれ。20歳。

 ▽競技歴 4歳でスノーボードを始め、岩倉南小5年時に全日本スノーボード選手権ジュニアの部でスロープスタイル(SS)3位。21年3月の世界ジュニア選手権はビッグエア(BA)優勝、SS6位。23年3月の世界選手権で日本人初の金メダルを獲得。24年W杯第1戦スイス大会BA優勝、25年W杯第3戦オーストリア大会BA優勝。

 ▽大技に世界初成功 23年9月に世界最高難度の大技1980(5回転半)を世界で初めて4方向全て成功させ、大きな注目を集めた。

 ▽おしゃれ好き 「朝の30分は、どの服を着ようかなっていう時間に費やします」。遠征の荷物も重量オーバーになる「ギリギリを攻めます」

 ▽ライバル 05年生まれの同学年で、25年に史上初のバックサイド2340(6回転半)を成功させた荻原大翔は長年のライバル。小学4年生の頃から切磋琢磨(せっさたくま)してきた存在で、長谷川は「ミラノ・コルティナ五輪は俺が主役になってやる」と力強く宣言していた。

 ▽サイズ 159センチ、60キロ。