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バスケットボール男子日本代表のヘッドコーチ(HC)が電撃交代した。
日本バスケットボール協会(JBA)は、48年ぶりに自力でオリンピック出場権を獲得するなど時代を画す功績を残したトム・ホーバス氏との契約を終了。FIBAワールドカップ2027アジア地区予選の渦中にある重要局面でバトンを継いだのが、桶谷大氏である。
京都府出身の48歳。Bリーグ西地区の琉球ゴールデンキングスでHCを務め、直近の2024-25シーズンまで4年連続でファイナルに進出。2022-23シーズンには琉球を初優勝に導き、2025年には天皇杯全日本バスケットボール選手権大会でも頂点に立ち、初めて沖縄に賜杯をもたらした。
輝かしい成績は広く知られる一方で、経歴はやや異色だ。
同じく日本人HCとしてB1優勝歴のある同級生の大野篤史氏(三遠ネオフェニックスHC)や、深い仲で知られる安齋竜三氏(越谷アルファーズHC)など、国内トップリーグを経験した選手出身の著名なコーチは多いが、そうではない。高校卒業時からコーチを志し、キャリアのスタートは旧bjリーグ。メインストリームの周縁から、叩き上げで日本代表HCにまで上り詰めた。
人柄や指導哲学を含め、どんな人物なのか――。
文=長嶺真輝
■高校を卒業後に単身渡米
チーム作りの軸は「自立と共生」。若手を積極的に起用しながら成長を促し、シーズン終盤に向けてチーム力を高めていく手腕に長ける。個々が役割を果たし、自己犠牲をいとわず互いの強みを引き出し、組織で戦う。この信条は、代表級のスター選手が不在でも、琉球が常勝チームであり続ける事実に表れている。
確固たるコーチング哲学が養われた背景を探るには、もう少し経歴を辿る必要がある。
父・良さんが京都府内の古豪で知られる山城高校でコーチをしていたこともあり、幼少期からバスケットボールが「おもちゃ」だった。しかし、自身は中学生の時に腎臓病のネフローゼ症候群を発症。入退院を繰り返し、プレーを突き詰められずに「悶々としていた」。それでもバスケへの情熱は尽きず、高校を卒業後、コーチを志して単身渡米した。
ツテも英語力もないまま、アリゾナ州立大学へ。学内の多目的施設で練習をしていた、のちにNBA選手となるエディー・ハウス(ボストン・セルティックスで2007-08シーズンにNBA優勝)を手伝って心の距離を縮め、仲介してもらって晴れてチームのマネージャーに。ディフェンスを重視するコーチの下、細かい戦術や規律の大切さを学んだ。
■指導者としてのスタイル変化
2005年に帰国し、bjリーグの大分ヒートデビルズでコーチキャリアをスタートさせる。2008-09シーズンからの4年間はクラブ草創期の琉球でHCを務め、bjリーグで優勝2回、準優勝1回、3位1回という圧巻の成績を残した。この頃、大きな影響を受けたコーチがいた。シカゴ・ブルズとロサンゼルス・レイカーズで3度の3連覇を達成したNBAの名将フィル・ジャクソン氏である。
学んだ部分を聞いた際、「日本は主力の7、8人でローテーションするチームが多かったけど、フィル・ジャクソンは10人のローテーションを徹底していました。それは、けが人のリスクを減らすためだけでなく、選手たちのやりがいを持続するためでもありました。自分も、個に頼り過ぎることなく、チームで戦うスタイルを目指しました」と、起用法のヒントにしたと語っている。ジャクソン氏のコーチング論をまとめた自伝「Sacred Hoops」はバイブルの一つだ。
思うような結果が出なかった大阪エヴェッサのHC時代は「自分が考えるバスケットが日本で一番良いと思っていて、とにかくダメ出しばかり言っていた」と言う。高くなっていた鼻を折られ、仙台89ERSに移った後は「選手たちとどう付き合うべきか」を自らに問い直した。選手ひとりひとりがどんな役割を担いたいか、どう成長したいかを尊重し、成長を促すスタイルに転換。それが、選手がチームに対してコミットしている感覚を高め、自然と一体感が増していく。コーチとしての成熟の過程が、2021年に再登板した琉球HCとしての功績につながっている。
■「最高の一体感を」試される手腕
近年はマネジメント能力の深化も際立つ。琉球はスタッフ陣がリーグ屈指の層の厚さを誇る中、桶谷氏は昨年のオフシーズンの取材で「選手に関わるスタッフの人数が増え、全てをコントロールすることはできません。HCは、スタッフとよりコミュニケーションを密にした方がチームにとってプラスになると感じます」と話していた。チーム練習の仕切りをほぼACに任せていることもある。普段から共通認識を高め、信頼関係が築けているからこその役割分担だろう。
今月3日の強化体制記者会見で、JBAの伊藤拓摩強化委員長は桶谷氏の選出理由について「本当にいろいろな人と一緒に仕事ができる。その人たちの力を最大限に引き出してチームを作り上げ、そして勝っているところです」と話した。島田慎二会長も「勝つ確率を少しでも上げるため、スタッフを充実させていきます。それを生かすも殺すも、ヘッドコーチのマネジメントや向き合う姿勢にかかっています」と語り、期待を寄せていた。
実際、2月26日と3月1日にあるWindow2の直前合宿に参加するスタッフ数は、Window1の時より多い19人にまで増えている。実績十分の吉本泰輔氏、ライアン・リッチマン氏の両ACが脇を固めるほか、アナライジングコーチやスカウティングコーチも充実した。本番までの時間は決して長くはないが、「最強の布陣で、最高の一体感を作る」(伊藤強化委員長)ため、早速桶谷氏の腕の見せ所となる。
■取材時に垣間見える人柄
「ういす、ういす」。顔を合わせると、いつもそう言って、人懐こい笑顔を向けてくれる。試合中は立って大声を張り上げ、短髪に豊かなひげを蓄えた風貌は強面に見えるかもしれないが、普段は穏やかで紳士的だ。
選手やファンからは「桶さん」の愛称で親しまれる。ちなみに、京都府内の古豪で知られる山城高校でコーチをしていた父・良さんに「お世話になった」と言う福岡第一高校の井手口孝コーチは「桶ちゃん」、米国留学時代からの仲である琉球U18の浜口炎HCは「ダイ」と呼ぶ。交友関係の広さに加え、求心力があり、琉球のアンソニー・マクヘンリーACや琉球U15の末広朋也HCらは、桶谷氏のつながりがチーム入りの一因だった。
その人たらしぶりは、メディア対応にもユーモアを生む。
例えば、今夏のプレシーズンゲームの試合後会見のこと。桶谷氏が「STBをもっと機能させられるように…」と言った。ふいに初出の造語が飛び出し、取材陣の頭上に「?」がポツポツと浮かんでいるのが見えたのか、「STB分かりますか?(サイズの大きい)スーパースリービッグの略。チームで使ってる言葉です。ちょっと流行らしておいてください」と言って、いたずらっぽく笑った。
■「バスケットを産業に」広い視野で多彩に発信
これも象徴的なエピソードの一つだが、プロスポーツエンターテインメントを盛り上げる感度が高い。「嘘はつきたくない」という実直な性格が影響している部分もあるとは思うが、質問されたことに対しては、よほどの事がない限り包み隠さず話す。
内容が辛らつになることもいとわない。今シーズン、横浜ビー・コルセアーズに開幕2連敗を喫した後には「僕がコーチとして選手を叱らないといけない場面はレイジー(怠慢)、セルフィッシュ(自己中心的)、ケアレス(不注意)の3つと決めていますが、それに当たっていました。ファンクラブやSNSをやるのもいいけど、この仕事に真摯に向き合わないといけない。そういう姿勢を忘れてほしくないです」と厳しい口調で語った。
時には規律の大切さを説き、時には茶目っ気たっぷりに冗談も言う。仏教に伝わる「2本の矢」の教えを引き合いに出し、チームにとって重要なメンタリティを指摘したこともある。「Xファクター」や「ポジションレス」など、ワード選びも多彩だ。メディアに「取り上げたい」と思わせる要素が多い。
今年1月4日のシーホース三河戦後には「最近、自分自身に『バスケットを産業にしたい』という気持ちがすごく芽生えています。試合を見たり、メディアさんに内容を伝えてもらったりして、ファンに楽しんでもらう。それで、バスケットを仕事にする人が増え、バスケットを通じて地域が活性化していく。沖縄はその状況になりつつありますが、日本全体ではまだそこまでいっていません。僕ができることは考えながら戦っています」と語っていた。
この広い視野は、日本代表のHCを兼任することで、より生きてくるはずだ。
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