ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート競技は、6日の団体からスタートする。史上初の金メダル獲得に挑む日本は、エース…

 ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート競技は、6日の団体からスタートする。史上初の金メダル獲得に挑む日本は、エース・坂本花織(25)=シスメックス=が軸だ。2018年平昌五輪で、ともに戦ったプロスケーターの宮原知子さん(27)がスポーツ報知のインタビューに応じ、今季限りでの引退を表明している坂本にエールを送った。笑いの尽きない思い出と共に、盟友のラスト五輪へ思いを込めた。(取材・構成=大谷 翔太)

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 フィギュアスケートが団体戦から幕を開ける。2大会連続メダル、そして史上初の金メダル獲得を目指す日本の元気印、坂本にとって、今大会は集大成の場。18年平昌五輪、共に初出場した宮原さんは、坂本の今季にかける思いを氷上から感じ取っているという。

 「勝手な想像ながら、かおちゃんは今季で最後と決めて1年を過ごしてきて、1試合1試合をかみしめながら演技しているように見えます。私が(現役)最後だった年と重ねてしまう部分もありますが、自分の滑りに入り込んでいるように感じます」

 2人が初めて一緒に国際舞台を踏んだのは、坂本がシニア1季目だった2017―18シーズン。坂本は17年全日本選手権で2位となり、初五輪切符をつかんだ。新進気鋭の17歳だった。

 「当時のかおちゃんは、下から来る勢いナンバーワン、という感じの選手。私も、かおちゃんを含めた下の世代からエネルギーをもらい、頑張ろうと思いながら滑っていました」

 坂本が6位入賞を果たした平昌五輪。大会前には、極度の緊張の中で昼食の青椒肉絲(チンジャオロース)をかきこみ、お腹を下して救急搬送された“青椒肉絲事件”もあった。当時の17歳を優しく支えていたのは“姉貴分”の宮原さんだった。

 「恐らく、様々な状況が合わさって体調を崩してしまったんだと思います。その時はすぐに一時帰国して練習というスケジュールで、それまではずっと2人で練習していましたが、ウイルス性かもしれないということでしばらくは離れて滑っていました。ただ痩せてしまって、かわいそうで…。その時がちょうど、バレンタインの時期ということもあり『お腹下してるけど、チョコくらいならいけるやろ』って、手紙と小さなチョコを1個、持って。中野(園子)先生がいないところで(笑)『大丈夫?』と言って、渡したりしていました」

 中野園子コーチの妥協なき指導でも知られる、坂本との師弟関係。そのきっかけは、宮原さんの現役時代の姿だったのかもしれない。坂本はシニア1季目、先輩がハードに練習を積む様子を目の当たりにしていた。

 「私は当時、自分の中の不安を取り払うためにひたすら曲をかけて練習していました。かおちゃんに限らず『また曲かけをするの?』と、色々な選手から言われていました。シニアに上がってから1季目というのは、活躍していくための練習方法を模索する時期でもあります。そういう意味では、練習で中野先生から『知子ちゃんもやっているんだから、やりなさい』という風になったのかもしれません。私が、中野先生に火をつけてしまったのかも(笑)。ただ、かおちゃんの中でも『これでOK』という範囲を広げる必要性を感じてくれたきっかけとなってくれたのかな、とも感じます」

 8年前は、宮原さんの背中を追っていた坂本。そこから世界選手権3連覇などの実績を積み、今では追われる立場となった。3大会連続五輪出場は、日本女子初。力の源を、宮原さんはこう見る。

 「かおちゃんは、五輪や世界選手権のメダルを持っている中での今。私の追われる立場から比べれば、はるかに大変だと思います。ただ、色んな事を学んで考えて、自分の気持ちをかみ砕いていく作業がきっと好きなんだろうな、と。そういう繊細なところもある中で、思い切りやれる強みもあります。元々、アイスショーの前に麻婆豆腐を食べていくような子です。そういう思い切りのよさ、勢いで乗り切れるところも、強さに繋がっているのかなと思います」

 22年に宮原さんが引退するまで、トップで競ってきた2人。互いに「かおちゃん」「さっとん」と呼び合い、氷の外でも思い出は尽きない。坂本は、氷上だけでないアーティストな一面もあるという。宮原さんが明かす。

 「数年前のアイスショーに出演した時でした。軽食を取りながらおしゃべりしている時に紙プレートとマッキーがあり、皆で絵を描きました。かおちゃんは(北京五輪男子王者の)ネーサン(・チェン)の似顔絵を描いたのですが、それがそっくりで。コミック風でしたが、本当にネーサン。すごく上手でした。かおちゃんは自分で水引ピアスを作ったり、手先がとても器用なんです」

 昨冬、初めて坂本のエキシビションを振り付けるなど、少しずつ関わり方は変化しながらも変わらない関係性。選手としての坂本を「尊敬します」としつつ、盟友としての思いを秘める。現役最後の大舞台へ臨む後輩へ、宮原さんは熱と念を込めた言葉をおくる。

 「本当に、その場を楽しんで終わってほしいし、悔いのない試合にしてほしい。その試合だけじゃなくて、そこまでの練習過程も、自分の気持ちや体の感覚、氷の感じなど全部。もう、細胞レベルで記憶するぐらいのイメージで、楽しんでほしいです」

 ◆宮原 知子(みやはら・さとこ)1998年3月26日、京都府出身。27歳。関大卒。2011、12年全日本ジュニア優勝。15年世界選手権銀メダル。15、16年GPファイナル2位。16年2月の四大陸選手権で国際主要大会初優勝。全日本選手権は14~17年で4連覇。18年平昌五輪4位。身長152センチ。