1985年夏の甲子園V捕手…右肘手術からの再起支えた“最高の相棒” オイシックス新潟の桑田真澄CBOは4日、西武などで捕…
1985年夏の甲子園V捕手…右肘手術からの再起支えた“最高の相棒”
オイシックス新潟の桑田真澄CBOは4日、西武などで捕手として活躍した元同僚の今久留主成幸(いまくるす・なりゆき)氏の訃報を受け、悲痛な胸中を明かした。
西武は同日、1995年から1999年にかけて球団に在籍した今久留主氏が1月29日、神奈川・川崎市内の病院で死去したと発表した。58歳だった。桑田氏はキャンプイン当日、最後のお別れに立ち会ったといい、「涙が止まらず言葉になりませんでした」とコメントを寄せた。
2人は大阪・PL学園高で、清原和博氏とともに「KK時代」の黄金期を築いた。3年時の1985年夏には、正捕手としてエース桑田氏とバッテリーを組み、甲子園で全国制覇を達成。桑田氏は当時を振り返り「高校時代、彼には本当にたくさんのボールを受けてもらいました。寮生活での苦しい日々も、甲子園で全国制覇を成し遂げた喜びも、ともに分かち合ってきた、かけがえのない仲間です」と回顧した。
今久留氏は明治大でも主将を務めるなどリーダーシップを発揮し、1989年ドラフト4位で横浜大洋(現DeNA)に入団した。1995年途中に西武へ移籍。現役時代は堅実な守備でチームを支え、NPB通算23試合に出場した。
プロ入り後も、その絆は揺るぎなかった。1997年、桑田氏が右肘手術からの復活を目指してオーストラリアで行った自主トレに、今久留主氏は同行。「彼が球を受けながら、球質や角度を丁寧に確認してくれました。その時間が、私にとって復活への大きな一歩となりました」と、苦境を支えた“相棒”への感謝を綴っている。
1999年限りで現役を引退した後は、スカウトや社会人野球のコーチなどを歴任。最後まで野球界の発展に尽力した。早すぎる58歳での別れ。桑田氏は「これからも、野球を心から愛していた彼の想いを胸に、少しでも野球界に貢献できるよう、歩み続けていきたいと思います。心からご冥福をお祈りいたします」とコメントした。(Full-Count編集部)