サンテレビ・湯浅明彦アナウンサーは2010年、矢野燿大氏の引退試合を実況 伝説となったセリフは咄嗟に漏れた心の叫びだった…

サンテレビ・湯浅明彦アナウンサーは2010年、矢野燿大氏の引退試合を実況

 伝説となったセリフは咄嗟に漏れた心の叫びだった――。阪神を生中継するサンテレビの湯浅明彦アナウンサーにとって忘れられない試合がある。入社13年目の2010年9月30日の阪神対横浜戦(甲子園)。実況を担当したこの試合は、2度のリーグ優勝に貢献し、正捕手を長らく務めた矢野燿大捕手の引退試合だった。

 当時の阪神は、優勝争いの真っ只中。矢野氏は9回2死でリードしていれば、最後にマスクを被る予定だった。試合は阪神が3回に先制、その後も2点の追加点を挙げて3-1で最終9回を迎えた。

 マウンドには現監督の藤川球児投手が上がった。すでに絶対的守護神だった右腕は、矢野氏が使用していた登場曲・FUNKY MONKEY BABYSの「ヒーロー」で登場。「当時の藤川投手ですから。絶対に抑えてくれると思っていましたし、こちらは3者三振で終わるものだと思っていました」。

 しかし、珍しく制球が乱れ、連続四球で無死一、二塁のピンチを招く。迎える打者は4番・村田修一内野手。中継の解説を務めた広澤克実氏も「空気の読めるバッターならボール球を空振りをして欲しい」。それは阪神ファン全ての総意だった。

 だが、カウント2ストライク1ボールからの4球目にその願いは打ち砕かれる。村田氏は高めのボール球を振り抜き、ボールはレフトスタンドに一直線。実況の湯浅氏は「あ、これは入った」と、一瞬で判断したという。そして放送席から叫んだ。

「行くな! 行くな! 超えるな!」

 準備されていたジェット風船は力なく放たれ、4万人を超える甲子園の観客は騒然。カメラが捉えた真弓明信監督は口を開けたまま立ち尽くしていた。逆転3ランを放った村田氏がダイヤモンドを回るなか、「悪夢のような現実が待っていました」――。湯浅氏が静かに実況すると、そのまま阪神は敗れ、矢野氏の出場は叶わなかった。

咄嗟に溢れ出した「一人のファン」としての切実な願い

 そこから16年の月日が流れた。今でも語り継がれる名台詞。「あれはもちろん、咄嗟に出た言葉で、あらかじめに準備していたものではありませんでした。私は名実況、名フレーズを残そうと色気を持って実況をしたことはありませんからね」。無意識のうちにあの言葉を絶叫していた。

「行くな! 行くな! 越えるな! あの言葉を口にすることで、絶対ないんだけど、1ミリでもいいから戻ってきてくれという願いを込めていたかもしれません。『私の願い届いて!』と思いながら……」

 とはいえ、実況は対戦する両チームを平等に見ることが求められる。「大丈夫だったかな」と不安もあった。一方で、社外の先輩から「サンテレビだから良かったんじゃないの?」という言葉をもらえたことが、湯浅氏の気持ちを軽くした。

 数年後には全国ネットのスポーツ番組で取り上げられ、サンテレビではこのフレーズのタオルも制作された。「実況者の役割は、ファンの方が考えていることを代弁すること。それを汲み取って自分の言葉で伝えることが大事だと思っているので、後から考えると(あの絶叫で)良かったと思います」。阪神ファンの脳裏に深く刻まれた名場面は、こうして生まれたのだった。(神吉孝昌 / Takamasa Kanki)