ミラノ・コルティナ五輪でショートトラック日本代表の選手たちは28年ぶりのメダル獲得に燃える。日本勢唯一の金メダルを獲得…

 ミラノ・コルティナ五輪でショートトラック日本代表の選手たちは28年ぶりのメダル獲得に燃える。日本勢唯一の金メダルを獲得したのが、98年長野五輪男子500メートル代表の西谷岳文さん(47)だ。ミラノでは阪南大の後輩、宮田将吾(23)=日本通運=と渡辺啓太(33)=阪南大職=が出場。悲願達成を目指す2人へ、世界の頂点に立ったレジェンドがエールを送った。(取材・構成=富張 萌黄)

 98年長野五輪から28年。いまもなお冬季男子の最年少金メダリスト、西谷さんは「何が何でもメダルを取って帰ってきてほしい」と自身に続く“シンデレラボーイ”の誕生を願った。

 エースの宮田、渡辺は阪南大の後輩だ。1月には母校で行われた2人の壮行会にも出席。現在も練習やレースの映像を見ることもあるという。後輩2人がそろって大舞台に立つこととなり、「2人そろって出れることはすごいうれしい。しかも、メダルのチャンスがあるレベルまで自分らで引き上げて戦える」と活躍に期待を寄せている。

 宮田は今季ワールドツアーの1500メートルで銀メダルを獲得。前回の22年北京五輪では悔しさを味わったが、日本のエースとして2大会連続の五輪に向かう。「このオリンピックは絶対自分がエースで出て、メダルを取りたいという気持ちが強くなってそこまで成長した」と西谷さん。北京では個人、団体ともにメダル争いに絡めなかったことが大きな飛躍につながっていると分析する。

 宮田に、メダルを取るイメージをするように助言。自身が頂点に立った長野五輪を「メダルを取って、お客さんが沸いて注目されて、すごいうらやましかった」と振り返り、自身の成功体験を語り継いでミラノへ送り出した。

 渡辺は2大会ぶりに五輪に戻る。代表落選だった北京後も諦めずに、今大会の切符を勝ち取ったベテラン。「もう一回オリンピックに出て、メダルを取りたい気持ちがあるんやったら、頑張らなあかんという話はした。本人ももう一回出たい気持ちは強くなったと思う」と背中を押したという。33歳ではい上がる姿を見て「若い選手が出てくる中で、トップで戦い続けるのはすごい」と舌を巻く。

 西谷さん以来のメダル獲得を目指す後輩たち。後継者誕生に大きな期待を膨らませ、雄姿を見守る。「僕以来にメダル取るのが大学の後輩だったら、僕の中でもめちゃくちゃうれしい。その2人が取ったらいいなっていうふうにはめちゃくちゃ思います。(杉尾憲一)監督もめちゃくちゃうれしいと思うんで。その姿を見て喜びたいですね」

 ◆西谷 岳文(にしたに・たかふみ)1979年1月17日、大阪府泉北郡生まれ。47歳。幼少時に行っていた野球のトレーニングの一環でショートトラックを始める。府貝塚高進学後に本格的に取り組み、阪南大1年時の98年長野五輪500メートルで金メダル。02年ソルトレークシティー、06年トリノ五輪出場。同年に引退し、競輪学校に入学。08年、競輪選手としてデビュー。現在も現役生活を送る。

 ◆98年長野五輪男子500メートルVTR 西谷は予選を組2位で通過。2日後の決勝では「ナニワの弾丸」と呼ばれた武器のスタートダッシュを決め、一気に独壇場を築いた。一度も首位を譲らずゴールを駆け抜け、両手を突き上げた。日本ショートトラック界唯一の金メダルとともに、冬季五輪日本選手初の10代金。19歳35日での頂点は、現在でも冬季五輪日本男子の最年少記録となっている。