初代阪神日本一監督の吉田義男さんが91歳で亡くなって1年がたった。昨年2月3日に逝去し、この日が一周忌の命日だった。兵庫…
初代阪神日本一監督の吉田義男さんが91歳で亡くなって1年がたった。昨年2月3日に逝去し、この日が一周忌の命日だった。兵庫県内にある自宅には多くの供花が届けられた。
立命大から阪神入りし、華麗な遊撃手として「今牛若丸」と称された。引退後は球団史上最多3度の監督を務め、8シーズン指揮を執った。85年は球団初の日本一に導いた。フランス代表監督として7シーズン、五輪出場を目指した国際派でもあった。
長女の八田智子さんは「1年が早かったというより、またフッと自宅に帰ってきそうです」と惜しんだ。この時期の吉田家には、キャンプ地の高知・安芸に滞在していた吉田さんから、季節の名産で知られるポンカンが届くことが年中行事だった。土産には高知名物の芋けんぴやかつお節を買って帰ってきた。
次女の中村範子さんは「うちでは穏やかな父でしたが、野球では攻撃的だったと思います。最期まで阪神が好きで、いつまでも見守っていると思います」と強い阪神を願っていた吉田さんを思い、しのんだ。