山中慎介インタビュー 中谷潤人のスーパーバンタム級初戦 前編 昨年の12月27日、サウジアラビアの首都リヤドで開催された…
山中慎介インタビュー
中谷潤人のスーパーバンタム級初戦 前編
昨年の12月27日、サウジアラビアの首都リヤドで開催されたボクシング興行「ナイト・オブ・ザ・サムライ」のセミファイナルで、中谷潤人(M.T)はスーパーバンタム級に転向後の初戦を迎えた。WBC世界同級10位のセバスチャン・エルナンデス(メキシコ)との12ラウンドは、判定3―0(115-113×2、118-110)での勝利となった。
中谷は、序盤こそ優位に試合を進めたが、中盤以降は相手の圧力に押され、判定はどちらに転んでもおかしくない接戦に。多くのファンが期待した圧勝劇とは異なる試合内容だった。約1.8キロの差が生む「階級の壁」とは何か。元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏が、中谷が直面した現実を語る。

昨年12月の試合で苦戦を強いられた中谷(右)photo by 山口フィニート裕朗/アフロ
【中谷は順調な滑り出しも、
「エルナンデスが乗ってきた」】
――中谷潤人選手のスーパーバンタム級初戦は、非常に厳しい試合になりましたね。
「試合前から、相手のエルナンデスが本当に強くて、なかなかの難敵だという噂は耳にしていたんですけど、そのとおりでした。正直、どちらが勝ってもおかしくない試合内容だったと思います」
――ポイントは115-113がふたり、118-110がひとりでしたが、そのジャッジについてはいかがですか?
「118-110はさすがに開きすぎですね。僕の感覚では、115-113、あるいはドローでもおかしくないくらいでした。ざっくり言えば、前半は中谷が、後半はエルナンデスが優位に戦った、という展開でしたね」
――特に1、2ラウンドは、中谷選手が距離をコントロールして、順調な滑り出しに見えました。
「すごくよかったです。しっかりと距離を取ったなかで、いいタイミングでアッパーも入れていました。エルナンデスも戸惑っていて、なかなか距離が合わなかったですね。エルナンデスは、もともとスロースターターなところもあるんでしょうけど、中谷がしっかり距離をキープして、要所要所でパンチを当ててポイントをピックアップしていました。あの流れでいければよかったんですけどね」
――3、4ラウンドあたりから展開が変わりましたね。
「そうですね。エルナンデスにエンジンがかかってきました。距離が詰まり始めて、パンチをヒットさせていくなかで、リズムに乗ってきましたよね。もちろん中谷もうまくパンチを返してはいたんですけど、エルナンデスが乗ってきたのは間違いないです」
【スーパーバンタム級の洗礼。約1.8キロの重み】
――中谷選手は、階級を上げたことによる影響を感じましたか?
「それは間違いなくあると思います。バンタム級までと違って、今回の相手は身長も同じくらい(中谷173cm、エルナンデス175cm)でしたし、何よりフィジカルの強さが違いました。エルナンデスは一発で倒すタイプではないですが、手数とパワーで相手をねじ伏せていく選手。これがスーパーバンタム級の現実、という感じだったんじゃないでしょうか」
――約1.8キロの差に、中谷選手がアジャストするにはもう少し時間がかかるでしょうか?
「試合が始まるまでは、そうは思わなかったんですけどね。バンタムでの減量の厳しさから解放されるわけですから、むしろプラスに働くんじゃないかと思っていたんですが......。実際に戦ってみると、約1.8キロの差、スーパーバンタム級のフィジカルの違いは、中谷自身が一番感じたはずです」
――中谷選手のコンディション調整がうまくいかなかったという可能性についてはいかがですか?
「確かに、体調が万全じゃなかったとしたら、ああいう動きになる可能性はありますね。試合後にそういった話も出ていましたけど、はっきりとしたことはわかりません。それ以上に、やはりエルナンデスが難敵だったということが大きかったと思います」
【知名度のない実力者】
――エルナンデス選手は、知名度こそ高くありませんでしたが、蓋を開けてみれば相当な実力者でした。
「それは、ボクシング界でよくあることなんです。マッチメイクに恵まれなくて、なかなかスポットライトが当たらなかったケースもあると思います。エルナンデスの場合は、どこかが突出しているわけではないけれど、全体としてレベルが高い。昨年9月に武居由樹(大橋)をTKOで下したクリスチャン・メディナもそうでしたが、ネームバリューはなくても実はめちゃくちゃ強い、というケースはよくあります」
――エルナンデス選手も、大橋ジムでスパーリングパートナーを務めた際に、その実力の片りんを見せていたそうですね?
「大橋会長が『(井上)尚弥以外はメッタ打ちにされた』と語っていましたし、大橋陣営も彼の強さを認めていたようですね」
――エルナンデス選手が前に出てくるのに対して、中谷選手はジャブを細かく出していく場面もありましたが、前進は止まりませんでした。
「序盤のように距離を取ろうとしても、中盤以降は難しかったですね。かといって自分から下がれば、追い込まれるだけになってしまいます。おそらく、ジャブを出しながらエルナンデスの動きを見て、出てきた局面で合わせようとしていたんじゃないかと思います。それでも、エルナンデスはプレッシャーを強めて距離を徹底的に潰してきました。そこがエルナンデスの土俵ですからね」
――中谷選手は、アンドリュー・モロニーをKO(2023年5月20日)した左フックを狙っているようなシーンもありましたね。
「何度か狙っていましたよね。いいパンチが当たった場面もあったんですが、それまでの試合では相手を倒せていたようなパンチが当たっても、エルナンデスは簡単に倒れるような感じではなかった。それほど、耐久力がすさまじかったです」
――試合中に、流れを引き戻すのは難しかったでしょうか?
「そうですね。エルナンデスは、耐久力が高くスタミナもあってプレスも強い。フィジカルで上回っていることに加えて、後半に調子が出てくるタイプですから、相当難しいと思います」
――バッティングがあったにしても、あそこまで顔、特に右のまぶたが腫れた中谷選手は見たことがありませんでした。
「あれは偶然のバッティングだったと思います。頭が当たったかな、と思ったあと、急速に腫れだしましたからね。パンチの被弾もありましたし。バッティングで腫れた箇所をパンチでさらに叩かれるというのは、ボクシングではよくあるパターンです。その影響も間違いなくあったでしょう」
(後編:山中慎介は中谷潤人の課題を指摘も......5月予定の井上尚弥戦は「また別の話」と期待>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。